A Taste of Music vol.412023 01

Contents

Movie Review
 
『Looking for Lennon』

◎Recommended Albums
 
Peter Barakan’s Best Albums of 2022
Jeb Loy Nichols “United States Of The Broken Hearted”
Horace Andy “Midnight Rocker”
Tommy LcLain “I Ran Down Every Dream”
Dr. John “Things Happen That Way”
Mavis Staples & Levon Helm “Carry Me Home”
Toots Thielemans Meets Rob Franken “Studio Sessions 1973-1983”
Bill Frisell “Four”
Tom Petty & The Heartbreakers “Live At The Fillmore, 1997”

◎PB’s Sound Impression
 
Acoustic Revive Listening Room

構成◎山本 昇

Introduction

楽しかった音楽好きの人たちとの再会

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 ウクライナに対するロシアの軍事侵攻で始まった2022年は、いい話を思い出すのが難しい、できれば忘れてしまいたいような1年となりました。個人的には音楽映画祭「Peter Barakan’s Music Film Festival」の第二弾もいい手応えが得られたこと、また、音楽祭「Live Magic!」が3年ぶりに有観客で開催できたことはいい出来事として記憶できています。プライヴェートでは、多くの人たちと同じように夏休みもほとんど出かけられませんでしたから、想い出に残るようなことはあまりなかったでしょうか。それでも、いつものように国内の各地で色々なイヴェントに出かけて、コロナで少しご無沙汰していた音楽好きの人たちと再会できたのは楽しかったですね。2023年がどんな年になるのかは分かりませんが、今年もA Taste of Musicはゆるゆると続けていきますので、どうぞお付き合いください。

Movie Review

ビートルズ結成前のジョンを捉えた
注目のドキュメンタリー映画
『ジョン・レノン~音楽で世界を変えた男の真実~』

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貴重な資料や関係者へのインタヴューから浮かび上がるジョンの素顔とは? [©SEIS Productions Limited]

 ジョン・レノンにまつわるドキュメンタリー映画『ジョン・レノン~音楽で世界を変えた男の真実~』が公開されています。ビートルズとしてデビューする前までの彼の生い立ちなどについて、主に地元リヴァプールの友人や知人へのインタヴューを通じて掘り下げる内容です。最近の音楽ドキュメンタリーにはありがちですが、昔の話だから当時の映像は多くはありません。どうしても関係者たちの談話で構成せざるをえないわけですが、そうした話はそれぞれに面白くて見応えがあります。貴重な写真などを交えて上手く編集されていて、飽きさせません。

 ジョン・レノンが幼少期をどう過ごしていたか。彼のファンなら、ミミ伯母さんに育てられたこと、お母さんが交通事故で亡くなったことなどは断片的に知っているわけですが、その頃の家族関係についての詳細は僕も含めてあまり知られていなかったと思います。この映画はそのあたりについても参考になることが多いんです。映画ではまた、お父さんとの関係にも触れられていて、幼いジョンをニュー・ジーランドでの生活に誘っていたというエピソードも紹介されていました。あの時代では確かに、イギリスからオーストラリアやニュー・ジーランドへの移住はわりとよくある話でした。いまと違って、申請すればすぐにもOKが出たんですね。僕が中高生の頃の友達の中にはいまもオーストラリアのメルボルンに住んでいる人がいます。ちなみに、メルボルンあたりは気温もロンドンとあまり変わりません。ニュー・ジーランドも、ノース・アイランドの北のほうならそこそこ暖かいけれど、大雑把に言えば南半球のイギリスみたいなところですから。サウス・アイランドの冬は雪も降りますしね。

 話は逸れましたが、どんな人も幼少期の色々な出来事が影響して大人になっていきます。ジョン・レノンの場合、お父さんとお母さんとの関係は特に大きかったんだと思います。僕は心理学者じゃないから、はっきりしたことは言えませんが、子供の頃の彼にはどこか負い目があって、それを庇うかのようにちょっと攻撃的になっていた面があるのかもしれません。

 映画ではミミ伯母さんについて触れられていて、彼女にはリヴァプールのアクセントがまったく感じられず、まるでBBCのアナウンサーみたいな話し方だったと。「ワーキング・クラス・ヒーロー」という曲を書いたジョンは、実は労働者階級のそれとは違う育て方を受けていたみたいです。彼を育てたミミ伯母さんはどちらかというと中産階級で、家は庭付き。裕福ではありませんが、ビートルズのメンバーの中では、比較的恵まれた暮らしができていたようです。彼女が使っていた“common”(コムン)という言葉。一般的には「普通の」という意味ですが、あの時代のイギリスでは「品がないこと」を意味していました。要するに「労働者階級のような」というニュアンスになります。ミミ伯母さんはこのcommonを快く思っていませんでしたから、ジョンが少しでもリヴァプールの訛りで話すのを嫌がるんですね。でも、ジョンはそんな彼女の態度に反発して必要以上に訛ってみせる。この時代のイギリスのドキュメンタリーを観ると、自分がイギリス人だから余計にそうなのかもしれませんが、階級社会の弊害というものをすごく感じます。ドキュメンタリーもそうだし、劇映画でも細かい部分に注目すると社会全体の雰囲気がよく分かります。

 ジョンの仲間の話はどれも面白かったですね。特に、アート・スクールで仲良しだった同級生、ヘレン・アンダスンが明かしたエピソードも興味深かったです。当時のイギリスでは、アート・スクールというのもまた独特の存在でした。大学に進学する人は僕の時代、つまり1960年代の終わり頃で1割くらいと言われていましたから、ジョンの頃にはもっと少なかったんじゃないかと思います。ほとんどの人は15〜16歳で学校を卒業してすぐに仕事に就いていました。大学に入るのはかなりハードルが高い時代に、すぐには就職したくなければ、アート・スクールに進学するという選択はわりとよくあるコースでした。絵を描くだけでなく、グラフィックやファッションのデザインとか、そういうクリエイティヴな才能が少しでもあればけっこう入れたものだったんです。エリック・クラプトン、ピート・タウンゼンド、レイ・デイヴィスなど、後にミュージシャンになる人にアート・スクールの出身者は意外に多いですよね。そして、ジョンがスチュアート・サトクリフに出会ったのもアート・スクールだったというわけです。まぁ、僕もそうですが、スーツにネクタイという普通の就職に抵抗のある若者たちは昔もそういう道をたどっていたんですね。

 ミュージシャンも俳優も作家も、クリエイティヴな人というのは有名になってからのことはメディアでも伝えられるわけですが、幼少期を含めて過去に何をしていたかはあまり知られていません。評伝が出ていればそれを読んだり、こうしたドキュメンタリーを観たりしてはじめて、「こういうことがあって、ああいう人になったんだ」と分かるわけですね。この映画ではジョンに関する貴重な資料もたくさん出てきます。さすがに動画はありませんが、印象的だったのが、何かのパレードでクオリーメンの面々がトラックの荷台に乗って演奏している写真。なんかショボくて全然注目されていない感じで(笑)。まぁ、後のビートルズがあるから、クオリーメンも有名になったわけですけれど。ビートルズが好きな人なら楽しめる映画だと思いますので、ぜひ映画館に足を運んでみてください。

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映画『ジョン・レノン~音楽で世界を変えた男の真実~』(公開中)
◎監督・編集:ロジャー・アプルトン/製作:ギャリー・ポパー/製作総指揮:デイヴィッド・ロジャーズ、スティーヴン・ロジャーズ、マーカス・シーランク、アレナ・ウォーカー、ジョン・アダムズ◎2018 年/イギリス/93分/カラー◎監修:ピーター・バラカン、藤本国彦/配給:NEGA
©SEIS Productions Limited
https://lookingforlennon.jp

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PB’s Sound Impression

Westlakeのスタジオ・モニターで聴くアメリカ音楽
「やっぱりちゃんとしたシステムで鳴らすレコードはいいですね」

ピーター・バラカンさんが選んだ2022年のベスト・アルバム。その多くは、図らずも過去と現代のアメリカ音楽の豊かさを伝えてくれているようです。今回のA Taste of Musicは、そうした音源の魅力を掘り下げるには打って付けのシステムをAcoustic Reviveの試聴室で体験。あらためて、“いい音”で聴くことの意義を教えてもらいました。

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Acoustic Reviveの石黒謙さん(左)と

PB 今日は群馬県伊勢崎市にあるAcoustic Reviveの試聴室で、アナログ・レコードもCDもいい音で聴かせていただきました。スピーカーは大きなWestlake(ウエストレイク)でしたが、後ろを振り返るとまた別のスピーカー・システムがありますね。

石黒 はい。今日はWestlake AudioのBBM-15Fでお聴きいただきましたが、音楽のタイプによって、後ろにあるAvalon AcousticのDiamondも鳴らせるようにしています。試聴するアルバムのリストを拝見して、今回は断然Westlakeだろうと。

PB それにしてもこのスピーカーの立派なこと!

石黒 Westlakeはアメリカのスタジオ業界の重鎮の一人であるトム・ヒドレーさんが創立したオーディオ・メーカーです。ヒドレーさんは、多くのスタジオ設計を手掛けたことでも知られています。このスピーカーは、スタジオ・モニターでありながら、ホーンの開口部が狭いんですね。スタジオのニア・フィールドで聴いた場合も指向性が確保されるような仕様となっているのがWestlakeの特徴です。

PB ニア・フィールドと言うわりに、スピーカーそのものはデカいですね(笑)。

石黒 本来はスタジオの壁に埋め込むラージ・スピーカーですからね。この部屋に搬入するときも一苦労でした。カタログのデータにはホーンの出っ張りが含まれていなかったようで、実寸と違っていたんですよ(笑)。片側1cmの間をなんとか通して設置することができました。重さは1台160㎏。スピーカー台と合わせると200㎏を超えていて、だんだん床にめり込んでいってるのか、もはやちょっとやそっとでは動きません(笑)。

PB それはすごい(笑)。後ろのほうは?

石黒 反対側のAvalonは、やはりアメリカのスピーカー・メーカーのもので、現代のオーディオを象徴するような設計となっています。どちらかというとクラシックや女性ヴォーカル向き。うちはクラシックのレーベルもやっているので、こういったスピーカーも用意しています。ただ、ビートルズとかブリティッシュ・ロック系もこっちが良かったりします。

PB そう言えば、今日はアメリカの音楽が多かったですね。

石黒 そうですね。ここにはほかに、シアター・ルームやリビング向けのシステムもあったりするのですが、うちはケーブルなどアクセサリーのメーカーですので、どんなシステムでも効果が発揮されなければならない、証明できるようにしたいということで、各部屋オーディオだらけになっています(笑)。

PB なるほど。この部屋にも、よく見ると、色々な石黒マジックが仕掛けてありそうですね(笑)。ところで、今日聴かせてくれたプレイヤーはどんなものですか。

石黒 アナログ・レコードはイギリスのメーカー、VERTERE(ヴァルテレ)のSG-1PKGという新しいモデルで再生しました。この部屋にはアナログ・レコード・プレイヤーがもう一つ、やはりイギリスのROKSAN(ロクサン)のTMSという30年以上前のモデルがありますが、その開発に携わった一人であるトラジ・モグハダムさんが立ち上げた新しいブランドがVERTEREです。ROKSANはそもそも、CDが世に出たあとにアナログ・プレイヤーを作ってデビューしたメーカーですから、アナログに対して相当な思い入れがあったのでしょうね。現行のROKSAN製品は、ナスペックさんが扱っていらっしゃいます。モグハダムさんは以前、ここにも遊びに来てくれたのですが、そのときは大量にブルーズのレコードを持ってこられて。盛大なブルーズ大会になりました(笑)。

PB そうですか(笑)。

石黒 そして、レコード・プレイヤーの信号を増幅するフォノ・イコライザーはARAI Lab(アライ・ラボ)という、うちの近所にあるメーカーが作ってくれたものです。かつて日立Lo-D(ローディ)にいらした新井利夫さんという知る人ぞ知るエンジニアが立ち上げたこのメーカーは、細々と50年くらい続いています。

PB 細々と50年というのもすごいですね。

石黒 そうですね(笑)。このフォノ・イコは、以前バラカンさんにも体験していただいたイコライジング・カーヴを補正する回路も備えています。アナログ方式なので、切り替えられるのは3種類だけですが、RIAAとコロムビア、MGMのカーヴを備えています。コロムビアはNABとほとんど同じなのでアトランティックもいけますし、キャピトルにも近いんです。MGMはレーベルで言うとヴァーヴやインパルスをカヴァーします。ただ、ブルーノートを聴くにはAESカーヴがほしいところなので、これを備えたものをまた作っていただこうと思っています。

PB なかなか骨の折れる世界ですね(笑)。でも、以前のイヴェントで、カーヴを変えて聴かせてもらったザ・バンドの『Music From Big Pink』やクロズビー、スティルズ&ナッシュの『Crosby, Stills & Nash』は衝撃的でした。「えっ!? こんな音だったの?」って。

石黒 今一つ冴えない感じだったのが、俄然、迫ってくるような音に変わりましたよね。感動の度合いが深まるし、聴いていて気持ちがいい。多くの方たちにも体験してほしいです。
 そもそも、大好きな音楽をいい音で楽しんでほしいという願いから、このA Taste of Musicはスタートしました。2018年には一般の音楽ファンを対象に「晴れたら空に豆まいて」で試聴イヴェントを開催したところ、皆さん拍手喝采だったのは私にとって感動的でした。普通の方に来ていただいたオーディオ・イヴェントで、こんなふうに盛り上がることができるのかと、本当に嬉しかったんです。

PB 難しいことは分からなくても、体験すればその違いは歴然としていますからね。

石黒 これからもオーディオ・ファンのみならず、バラカンさんのラジオを楽しみにされているような普通の音楽ファンの皆さんにも、いい音を聴く快感をもっと味わっていただきたいですね。オーディオは音楽ありきの装置であって、人が音楽に対峙するための一つ手段として大変有効なものだと思うんです。

PB A Taste of Musicでは毎回色々なシステムを聴かせてもらっています。ものすごい高級機もあれば、中には入門者向けのシステムもあって、音楽を楽しむための参考になっています。僕も自宅では、Harbeth Audioのスピーカーがある仕事部屋のほかに、リビングなどでも聴けるようにコンパクトなシステムもあるし、去年久しぶりにターンテーブルも買いました。ただ、仕事のために確認するときはコンピューターのスピーカーで聴いたりすることも多いので、こういう、ちゃんとしたシステムで聴くと感動します(笑)。僕の番組のリスナーでも、最近のアナログ・ブームもあってレコードをまた買い始め、それがきっかけでオーディオをちょっといいものに買い替えたりする人もいるようです。これからもまたいろいろ聴かせてください。

石黒 こちらこそ、よろしくお願いします!

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圧倒的な存在感を放つWestlake Audioのスタジオ・モニターBBSM-15F

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VUメーターがオーディオ心をくすぐるMark LevinsonのLNP-2L(プリアンプ)

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スピーカーの駆動にはモノラル・パワーアンプのPASS ALEPH 2を4台使用

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レコードの再生はイギリスの新進ブランドVERTEREのSG-1PKGで行った

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カートリッジはLYRA TITAN。石黒さんの指定でジュラルミン・ボディにした特注品だ

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特注品のフォノ・イコライザー。筐体は石黒さんの手作りで、中身はARAI Labが手掛けEQカーヴの切り換え機能も搭載する

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CDプレイヤー(写真左)は90年代の名機Wadia 21。トラスポートとして使用され、デジタル出力を写真上のDAコンバーターWadia PROに送っている

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ケーブル類はもちろんすべてAcoustic Reviveの製品で統一されている

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石黒さん所有のアナログ・レコードも置かれたAcoustic Reviveの試聴室。オーディオ・ファンはもちろん、一般の音楽ファンでもレコードやCDを鑑賞できる(要予約:下記の店舗情報を参照してください)。

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左はAcoustic Reviveの小林貴子さん。背後に見えるスピーカーはAVALONのDiamond

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掘り下げたディスクの一部

◎この日の試聴システム

アナログ・レコード・プレイヤー:VERTERE SG-1PKG
カートリッジ:LYRA TITAN(特注品)
フォノ・イコライザー:ARAI Lab(特注品)
CDプレイヤー:Wadia 21
DAコンバーター:Wadia PRO
プリアンプ:Mark Levinson LNP-2L
パワーアンプ:PASS ALEPH 2
スピーカー:Westlake Audio BBSM-15F

*スピーカー・ケーブル、電源ケーブル、ライン・ケーブルや電源タップなどはすべてAcoustic Reviveの製品を使用

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関口機械販売

〒372-0812 群馬県伊勢崎市連取町3016-1
Tel.0270-24-0878
https://acousticrevive.jp
「Acoustic Revive試聴室」でのオーディオ体験を希望される方は、メール(info@acoustic-revive.com)にて予約をお取りください。