A Taste of Music vol.372020 08

Contents

◎Movie Review
 
『RUMBLE: The Indians Who Rocked the World』

◎Recommended albums & singles
 
Bela Fleck and Toumani Diabate 『The Ripple Effect』
Taj Mahal『Taj Mahal』
Jesse Ed Davis『Ululu』
Leon Bridges「Sweeter ft. Terrace Martin」
Shemekia Copeland「Uncivil War」
Sarah Jarosz『World On The Ground』
Damir Imamović『Singer Of Tales』
Bob Dylan『Rough And Rowdy Ways』

◎PB’s Sound Impression
 
iFi audio iPhono3 Black Label, ZEN DAC, JBL PROFESSIONAL 104-BTW-Y3

構成◎山本 昇

Introduction

ネイティヴ・アメリカンとアフリカン・アメリカン

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 コロナの影響でしばらくお休みしていたA Taste of Musicを再開します。どうぞ最後までお付き合いください。今回は、Vol.33でも訪問した輸入商社トップウイング・サイバーサウンドグループENZO j-Fi LLC.の試聴室にやってきました。iFi audio(アイファイ・オーディオ)の新しいフォノ・イコライザーの試聴も兼ねて、前回は試さなかったターンテーブルもスタンバイしてくれているそうですので、持参したアナログ・レコードをかけてみようと思います。また、ENZO j-Fi LLC.の嶋田さんが、「年配の方はもちろん、若い音楽ファンにもぜひ聴いてほしい」と言うコンパクトな卓上の音楽再生システムも、後ほど試聴させてもらいます。

 さて、このところ、黒人差別撤廃運動「ブラック・ライヴズ・マター」(Black Lives Matter)が世界的に発展して注目されています。今回の“Movie Review”で取り上げた映画『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』では、ネイティヴ・アメリカン---映画では“インディアン”とも言われています---の人たちが受けた差別についていろいろと語られていますが、その中には黒人と関係した話も出てきます。インディアンの村では逃亡奴隷をかくまっていたこともあったそうなんですね。やがて、主に黒人の男性がインディアンの女性と結ばれて子供が産まれます。いまでもアメリカに住むやや高齢の黒人には、おばあさんや曾おばあさんがインディアンだったという人が多いそうです。映画にも登場する戦前のブルーズ・ミュージシャン、チャーリー・パトンについて書かれたものなどを読んでみると、彼らの家系にネイティヴ・アメリカンの血が入っているのが分かるのですが、背景にはそんな事情があったのかと理解できました。インディアンへの差別と黒人への差別は、どこかでつながっているということです。

『ランブル』を観れば、日の当たらない中でもアメリカの音楽に対して大きな功績を残したネイティヴのミュージシャンがたくさんいたことがよく分かります。ロック、フォーク、ジャズ、ファンク、ヘヴィ・メタルとジャンルも多岐に渡っています。今回のA Taste of Musicは、この映画の問いかけにも呼応するような音楽を中心に選んでみました。

Movie Review

ネイティヴ・アメリカンによる音楽への貢献を追ったドキュメンタリー
『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』

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Link Wray[Photo by Bruce Steinberg, Courtesy of linkwray.com]

 前回に続いて、僕が字幕を監修した映画についてお話しします。『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』という映画です。タイトルになっている「ランブル」は、1950年代の後半にリンク・レイというノース・カロライナ出身のギタリストが作ったインストゥルメンタルの曲名です。かなりヒットしたのですが、インストゥルメンタルにもかかわらず、放送禁止になったのはおそらくこの曲くらいでしょう。“Rumble”とは“喧嘩”のこと。ミュージカル『ウエスト・サイド物語』で、ジェッツとシャークスという二つのギャングが喧嘩をするシーンがありますが、あのような状況のことをランブルと言います。この言葉には、轟きや轟音という意味もあります。雷が轟く音もランブルです。若者たちがリンク・レイのあの曲を聴くと、喧嘩をおっ始めるんじゃないかと、当時の大人が心配して放送禁止にしたというわけですね。

「Rumble」は、ロックで多用されるパワー・コードの元祖とも言われています。1957年にこの曲が出たとき、こんなギターのサウンドは誰も聴いたことがありませんでした。みんなぶったまげたことでしょうね。ザ・フーのピート・タウンゼンドやMC5のウェイン・クレイマーらが、この曲が後のロックに与えた影響について語っています。ビル・フリゼルも、2014年に出した『Guitar In The Space Age』でこの曲をカヴァーしていますね。

 映画はこの曲「Rumble」から始まりますが、リンク・レイもネイティヴ・アメリカン。『ランブル』はつまり、ネイティヴ・アメリカンが音楽界にどれだけ貢献したかを示すドキュメンタリーです。企画したプロデューサーはヘヴィ・ロックのギタリスト、スティーヴィ・サラスです。本人は自身の音楽をパンク・ロックと言っていますが、彼もネイティヴ・アメリカンの一人です。映画にはリンク・レイのほか、ジェシ・エド・デイヴィスも出てきます。彼はタージ・マハールのバック・バンドでギターを弾いていましたが、このあたりのことはまた後ほどお話しします。

 そのほか、女性シンガー・ソングライターのバフィ・セイント・マリーや、1970年代にアメリカで人気があったロック・バンドのレッドボーンなど多くのネイティヴ・アメリカンが登場します。ザ・バンドのロビー・ロバートスンも出てきますが、彼のお母さんはカナダのネイティヴ・アメリカンなんですね。スティーヴィ・サラスがロックン・ロールのライフ・スタイルに溺れそうになったとき、彼を救ってくれたのが、オジー・オズボーンのバンドでドラムズを叩いていたランディ・カスティーヨでした。ヒスパニック系の名前ですが、彼もネイティヴ・アメリカンです。

 遡ったところでは1940年代、スウィング・ジャズの時代にミルドレッド・ベイリーという画期的なスタイルで歌っていた女性歌手もその一人。ビリー・ホリデイやエラ・フィッツジェラルド、さらにトーニ・ベネットやフランク・シナトラにも影響を与えたと言われます。意外にも、ネイティヴ・アメリカンはいろんな音楽に影響を及ぼしているんですね。

 アメリカの先住民たちが、歴史的にどれだけ迫害を受けてきたかということも淡々と描かれ、音楽とその社会的な背景についていろいろと知ることができます。その意味ではVol.36でお話しした『白い暴動』とも共通点がある、とても面白い映画ですので、ぜひご覧になってみてください。

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映画『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』◎出演:リンク・レイ、チャーリー・パトン、ミルドレッド・ベイリー、バフィ・セイント・マリー、ジミ・ヘンドリクス、ロビー・ロバートソン、ジェシ・エド・デイヴィス、レッドボーン、ランディ・カスティーヨ、タブー(ブラック・アイド・ピーズ)、マーティン・スコセッシ、クインシー・ジョーンズ、スティーヴン・タイラー(エアロスミス)、スティーヴン・ヴァン・ザント、イギー・ポップ、トニー・ベネット、ジョージ・クリントン、スラッシュ(ガンズ・アンド・ローゼズ)、テイラー・ホーキンス(フー・ファイターズ)、ジャクソン・ブラウン、ウェイン・クレイマー(MC5)、マーキー・ラモーン(ラモーンズ)、スティーヴィー・サラス 他 ◎監督:キャサリン・ベインブリッジ 共同監督:アルフォンソ・マイオラナ◎制作総指揮:スティーヴィー・サラス◎2017年/カナダ/英語/カラー&モノクロ/ヴィスタサイズ/5.1ch/102分/◎字幕監修:ピーター・バラカン◎提供:キュリオスコープ 配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム © Rezolution Pictures(RUMBLE)Inc. 公式サイト:rumblethemovie-japan.com *8月7日(金)より渋谷ホワイト シネクイントにて公開、他全国順次公開

Recommended albums & singles

バンジョーとコラの名手によるライヴ・セッション

Bela Fleck and Toumani Diabate 『The Ripple Effect』

 映画『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』の中で、白人のものと思われがちなバンジョーが、実はアフリカ由来の楽器だと主張していたのがリアノン・ギデンスです。彼女がバンジョーを弾いて、パートナーのフランチェスコ・トゥリージがフレーム・ドラムやタンバリンを叩きながら、二人でバンジョーの歴史についてあちこちでレクチャーしているのですが、すごく面白いんです。今日、最初に聴く『The Ripple Effect』は、バンジョーがそんな歴史を持っていたことを確認するために、ベラ・フレックがアフリカを訪ねたことでできたアルバムです。

 ジャンルを超えて活動するベラ・フレックは、バンジョーの名人です。元々はブルーグラスの世界から出てきた人ですが、テクニックがすごすぎて何でもできてしまうから、クラシックやジャズなどどんなジャンルのミュージシャンとのセッションでも見事な演奏を披露します。そんな彼が2008年に1ヵ月間、アフリカを旅した様子は『Throw Down Your Heart』というドキュメンタリー映像として公開されています。撮影したのは彼のお母さん違いの弟、サシャ・パラディーノです。

 彼らが訪れたのはアフリカの4カ国で、西はガンビアとマリ、東はウガンダとタンザニア。現地の無名な人たちやワールド・ミュージックの世界ではそこそこ知られているミュージシャンとのセッションが収められていますが、これとは別に有名なアフリカのミュージシャンと行ったアメリカでのセッションもあり、それらはもちろん録音もされています。同じタイトルのアルバム『Throw Down Your Heart~Tales From The Acoustic Planet Vol. 3 Africa Sessions』は2009年に出ました。

 さらに翌年には、未発表曲を集めた『Throw Down Your Heart - Africa Sessions Part 2 (Unreleased Tracks)』も発売されています。そして、10年以上経った今年、“Throw Down Your Heart”シリーズの第3弾として、トゥマニ・ジャバテと共演したアルバム『The Ripple Effect』が出ました。同時発売のコンプリート版『Throw Down Your Heart: The Complete Africa Sessions』には、『The Ripple Effect』までの3CDとドキュメンタリー映像のDVDが収録されています。今日はこの『The Ripple Effect』というライヴ盤を聴いてみたいと思います。ちなみに、タイトルは“波及効果”という意味です。

 相手のトゥマニ・ジャバテというマリのミュージシャンはコラの名手として有名です。本当はアフリカに行ったときにセッションしたかったそうなのですが、トゥマニのスケジュールが合わなかったのです。でも、互いに興味を持ち続けていたから、トゥマニがアメリカに来たときに二人でツアーを行いました。このアルバムはシアトルでの公演を丸ごと2枚組のLPにまとめたものです。リハーサルを重ねたという感じではなく、ジャム・セッションの要素が多いと思いますが、演奏は素晴らしいし、雰囲気もすごくいいライヴです。ストリーミングでも聴けるのですが、このアルバムはレコードで聴いてみたいと思って買ってみました。

 では、1曲目の「Bamako」を聴いてみましょう。この曲だけなのですが、ちょっと沖縄やインドネシアの音階のように聞こえるところがあります。ベラ・フレックは基本的にはカントリー風のピッキング・スタイルですが、この曲の途中ではバッハみたいなメロディを弾いてみたりしています。トゥマニが弾くコラはハープのような楽器です。

 ベラ・フレックにとってのアフリカ探訪は、バンジョーのルーツを探ることが目的でした。西アフリカのほうではバンジョーの祖先のような2種類の楽器が見つかっています。一つはンゴーニという、いまでもマリの音楽でよく使われる素朴な弦楽器です。見た目はバンジョーには似ていません。細長くて、全体的にちょっと小さめの楽器です。もう一つはガンビアで見つかったアコンティング(Akonting)という楽器です。ガンビアは、セネガルの中を東西に流れるガンビア川の両岸に位置する細長い国です。セネガルはフランス領で、ガンビアはイギリス領でした。なぜそんな位置づけになったのかは分かりませんが、とにかくアコンティングが使われていたのはガンビアだけでした。ボディは丸くて、見るからにバンジョーとよく似ています。3本の弦は、ネックの途中から張られているものがあるのですが、思えばバンジョーもそうですよね。5弦バンジョーの場合、4つの弦はヘッドにつながっていますが、5弦目だけがネックの途中にあるペグで巻いています。こうした構造からも、アコンティングがバンジョーの原型となっているであろうことは容易に想像できます。そんなアコンティングとンゴーニの影響が結果的に合わさっているのでしょうね。『Throw Down Your Heart』の映像では、ベラ・フレックのバンジョーと、ガンビアのミュージシャンが弾くアコンティングとの共演も観られます。

 『The Ripple Effect』は、素朴なライヴ・アルバムですが、こういうタイプの音楽が好きな人や弦楽器が好きな人には必ず響きます。弦楽器が好きな人にもぜひ聴いていただきたいですね。

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Bela Fleck and Toumani Diabate 『The Ripple Effect』

アナログで聴くタージ・マハールとジェシ・エド・デイヴィス

Taj Mahal『Taj Mahal』 / Jesse Ed Davis『Ululu』

 映画『ランブル』で大きく取り上げられているミュージシャンの一人にジェシ・エド・デイヴィスというギタリストがいます。次は彼の『Ululu』をアナログで聴いてみましょう。彼が多くのロック・ファンに知られるようになったのは、ビートルズとの関係でしょう。ジョージ・ハリスンが主宰した“バングラデシュ・コンサート”を収めた『The Concert for Bangla Desh』(1971年)にも、病気のため出られなくなったエリック・クラプトンのピンチ・ヒッターとして急きょ呼ばれて出演しています。ジョン・レノンも『Walls and Bridges』や『Rock 'n' Roll』といったアルバムで起用しています。1968年に開催されたローリング・ストーンズの“ロックン・ロール・サーカス”にタージ・マハールと一緒に参加していますから、ジョンもそこで彼の演奏を見聞きして「こいつはすごい」と気に入ったようですね。また、ジャクスン・ブラウンのヒット曲「Doctor My Eyes」(1972年)のギター・ソロを弾いていることもよく知られています。でも、それ以前にジェシのギターがフィーチャーされたのは、タージ・マハールのファースト・アルバム『Taj Mahal』(1968年)でした。60年代のレコードには参加ミュージシャンのクレジットが表記されることはほとんどありませんでしたが、当時、たまたま買ったこのアルバムには“Jessie Edwin Davis”という名前を見つけることができます。ただ、ファースト・ネームは“Jesse”のはずなので、スペルが違っていますね。クレジットにはもう一人、目を引く名前があります。ライランド・P・クーダー(Ryland P. Cooder)というのは、まだあまり知られていない頃のライ・クーダーですね。当時は僕も気にも留めなかったと思います。タージ・マハールとライ・クーダーは、個別にデビューする前の60年代の半ばにほんの束の間、ライジング・サンズ(Rising Sons)というフォーク・グループを一緒にやっていたことがあるのですが、僕を含めて『Taj Mahal』を買った当時のリスナーの多くには知られていません。でも、このアルバムにはジェシのとても重要な演奏が録音されています。

 A面の2曲目「Statesboro Blues」を聴いてみてください。すごく独特なスライド・ギターの音……。このレコードが出て間もない頃に、当時はまだスライド・ギターを弾いていなかったドゥウェイン・オールマンが、体調を崩して寝込んでいたんですね。そこへ見舞いにやって来たのが弟のグレッグでした。ただ、ちょうど喧嘩していた最中だったため、面と向かって話すのは気が引けたので、ドアのベルを鳴らすと、このレコードと瓶に入れた解熱剤を玄関の前に置いて去って行ったそうです。ドアを開け、レコードを受け取ったドゥウェインは、「なにコレ?」と思いながら、ターンテーブルに乗せて聴いてみることにしました。すると、ブラインド・ウィリー・マクテルというジョージアで生まれ育った戦前のブルーズ・ギタリストが作った、まだそれほど有名な曲ではない「Statesboro Blues」の独特な編曲と音にすっかりやられてしまったらしいんです。レコードと一緒に置いてあった瓶を手にすると、薬を取り出して指にはめて、スライド・ギターをコピーするんですね。1971年に出たオールマン・ブラザース・バンドの伝説のライヴ盤『At Fillmore East』ではオープニングにこの曲が登場しますが、編曲もスライドのフレーズもほぼ同じに演奏されています。40年に及ぶオールマン・ブラザース・バンドの活動歴の中で、ライヴでこの曲をやらないことはほとんどありませんでした。つまり、ドゥウェインとこの曲の出会いがなければ、オールマンのライヴのオープニングを飾る最も有名なレパートリーの一つがなかったことになるし、もっと言えば、ドゥウェインが後にスライドを弾き極めるようになったかどうかも分かりません。最初はマスル・ショールズあたりのスタジオ・ミュージシャンとしてならした彼は、その頃から十分に評価の高いギタリストでしたが、タージ・マハールのアルバムがきっかけでスライド・ギターを弾くようになってその道の名手と言われるようになり、さらにその影響でデレク・トラックスのような現代のギタリストも出てきました。こうした流れをある意味で最初に作ったのがジェシ・エド・デイヴィスということになるわけです。

 タージ・マハールが『Taj Mahal』を作ったのは20代の半ばでした。黒人である彼はニュー・ヨークで生まれ、アメリカ北東部のマサチューセッツで育っています。マサチューセッツ大学を卒業しているというのは、当時のミュージシャンとしては異色の経歴と言えるでしょう。しかも、やっているのはブルーズ・ロック。1968年に、若い黒人がブルーズをやっていたことがそもそも非常に珍しい。完全にソウル・ミュージックの時代に、彼と同世代の黒人からすれば、ブルーズは奴隷時代の匂いがして嫌だと感じるのが普通でしょう。ところが、タージ・マハールはブルーズを、それもロック風にやっています。だから、ブルーズ好きのマニアックな一部のリスナーからも肯定的に受け止められなかったんです。それは日本でも同様で、僕は『Taj Mahal』が出たときから好きで聴いていましたが、ブルーズが盛り上がっていた日本に来てタージ・マハールのことを話すと難色を示す人が多かったんです。まぁ、そういうちょっと変わった存在ではありました。でも彼はその後、アクースティックなブルーズをやったり、そうこうしているうちにアメリカではまだ誰もやっていないレゲエを採り入れたり、まだ誰も目を向けていないアフリカの音楽を視野に入れた活動を行ったり。実はすごく広範囲なブラック・ミュージックというものを誰よりも早く実践したミュージシャンなんです。

 『Taj Mahal』以降のタージのアルバムにも参加したジェシ・エド・デイヴィスは、ジョージ・ハリスンやジョン・レノンに接近することで、一躍時の人となった時期があり、映画『ランブル』でも言及されていたように、ロッド・スチュアートのツアーに抜擢されます。でも、ツアーから戻った彼はヘロイン中毒になっていました。結局は薬物の過剰摂取により43歳の若さで命を落とすという、悲劇的な最期を迎えます。ではここで、ジェシ・エド・デイヴィスの2枚目のアルバム『Ululu』から、A面4曲目の「Sue Me, Sue You Blues」を聴いてみます。“お互いに訴訟を起こし合うブルーズ”という意味の、ジョージ・ハリスンが作った曲です。続いてタイトル曲の「Ululu」も聴いてみましょう。ちょっとビートルズっぽいんですが(笑)、ギターにレズリー・スピーカーを通すのもジェシの特徴です。僕は『Ululu』をたまたま学生時代に買いましたが、そんなにヒットしていたわけではありません。ジェシはやはり、人のバックでギターを弾くことで有名になったミュージシャンなんですね。でも、日本には意外にファンが多いです。まぁ、僕と同じくらいの世代にはなりますけれど(笑)。

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Taj Mahal『Taj Mahal』

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Jesse Ed Davis『Ululu』

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アナログ・レコードやRoonを通じたストリーミングなどの音源に耳を傾けるバラカンさん

“BLM”の最中に発表された二つのシングル

Leon Bridges「Sweeter ft. Terrace Martin」
Shemekia Copeland「Uncivil War」

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Leon Bridges[Photo by Cedrick Jones]

「ブラック・ライヴズ・マター」が注目される中、リオン・ブリジズが急きょ、「Sweeter ft. Terrace Martin」というディジタル・シングルを出しました。5月25日に起きたジョージ・フロイドの事件を受けて作ったというこの曲は6月8日に発表されました。配信やストリーミングのみの発売とすることで、非常に速やかな動きが可能だったんですね……。いまからちょうど50年前、クロズビー・スティルズ・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)が「Ohio」というシングルを発表しました。1970年の5月4日、オハイオ州兵の銃撃により4人の学生が亡くなったオハイオ州立大学ケント校銃撃事件をテーマにニール・ヤングが作ったシングル曲です。当時としては異例の速さで発売されましたが、リオン・ブリジズの「Sweeter」はディジタルの時代にあって、さすがにそれを上回る速さでの発売となっています。歌はリオン・ブリジズですが、おそらくトラックの制作はすべてテラス・マーティンがやっているのでしょう。すでに40代のテラス・マーティンは、東京ジャズにハービー・ハンコックのバックでも来日したキーボードやサックスのプレイヤーであり、トラック・メイカーでもあります。ケンドリック・ラマーのグラミー受賞アルバム『To Pimp A Butterfly』にプロデューサーの一人として参加するなどヒップホップ界で活躍する一方で、ハービー・ハンコックのような人からも注目されるミュージシャンです。リオン・ブリジズはテクキサス州出身のシンガー・ソングライター。2015年に『Coming Home』というアルバムでデビューしたときは“21世紀のサム・クック”と語られたように、甘い声が持ち味です。昔ながらのちょっとポップな感じのソウルを歌う人ですね。こういった人たちが、いまの状況に迅速に反応して作ったということでも興味深い曲と言えます。

 この状況下に届けられた曲で、もう一つ紹介したいのがシェミーカ・コープランドの「Uncivil War」です。こちらは6月19日に発表されました。“Civil War”はアメリカでは「南北戦争」、一般的には「内戦」といった意味で、形容詞としての“Civil”には「丁寧」とか、人同士の一般的な交流を意識するような意味合いがあります。“Uncivil War”は、それを無視した失礼な、ののしり合いみたいな意味になります。この曲は、そんな“Uncivil War”に、残念ながら誰も勝てないと歌っています。ブルーズ・ギタリストとして有名だったジョニー・コープランドを父に持つ彼女は、ちょっとブルーズ寄りのソウル歌手です。ただ、この曲には珍しく、ジェリー・ダグラスのドブロ・ギターや、サム・ブッシュのマンドリンが入っています。この内容の曲を黒人と白人が一緒にやっているというのがちょっと面白いと思いました。トランプ政権下で分断されたアメリカでは、相手の言うことに聞く耳を持たず、自分の主張を攻撃的に発する人が増えていますが、それだけでは何もいいことはないとこの曲は訴えています。

 リオン・ブリジズの「Sweeter」のほうは、もっと気持ちのいい人生を想像していたのに、肌の色のためにこんなことになってしまって本当に残念だといった主旨の歌詞ですが、決して攻撃的な感じではありません。こうした曲が立て続けに発表されたことは、注目に値すると思いますね。

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Leon Bridges「Sweeter ft. Terrace Martin」ソニー・ミュージック

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Shemekia Copeland「Uncivil War」

聴くたびにもう一回聴きたくなるニュー・アルバム

Sarah Jarosz『World On The Ground』

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Sarah Jarosz[Photo by Josh Wool]

 次にご紹介するのはアメリカのシンガー・ソングライター、セーラ・ジャローズの5作目となる新作『World On The Ground』です。その中から、「Hometown」を聴いてみます。彼女はアイム・ウィズ・ハーという女性3人のユニットの一人でもあります。2015年に開催した2回目の“Live Magic”にも3人揃って来てもらいました。それぞれに歌の上手い人たちで、ハーモニーもばっちり。中でも僕が個人的に好きだったのがセーラ・ジャローズの歌声でした。彼女はテクサス州のオースティンで生まれ、同じくテクサスのウィンバリーという町で18歳まで育ちました。高校3年生のときにデビュー・アルバムを発表し、その後、マサチューセッツのニューイングランド音楽院を卒業しました。現在はニュー・ヨークに住んでいるはずですが、コロナの影響でテネシー州のナッシュヴィルにいるようです。このニュー・アルバム『World On The Ground』のプロデューサーはジョン・レヴェンサル。ギターがすごく上手いミュージシャンでもあり、また、女性ヴォーカリストの作品を手がけることが多いプロデューサーとしても知られています。セーラ・ジャローズも弦楽器が得意で、ギター、バンジョー、マンドリンなどを上手に弾きます。このアルバムでも、ギターとマンドリン、ブズーキを演奏しています。もちろん、ジョン・レヴェンサルのギターもフィーチャーされています。

 彼女は曲作りもいいし、歌も上手いのですが、今回のアルバムは特に強く印象に残りました。現在29歳の彼女は18歳でテクサスを離れてからほとんど帰郷することはなかったそうですが、本作ではいま聴いた「Hometown」のように、自身の故郷について歌っている曲が多いようです。いわゆるアメリカーナと呼ばれる音楽ですが、とても丁寧に作られていて、歌も演奏も曲もいい。音楽の根本的な良さが詰まっているアルバムです。全部で35分くらいしかないんですが、聴くたびにもう一回聴きたくなるんです。「I’ll Be Gone」もとてもいい曲ですね。歌心も感じられる、すごくいいアルバムだと思います。

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Sarah Jarosz『World On The Ground』ユニバーサル・ミュージック 721-6888(直輸入盤)

ボスニアの大衆音楽“セヴダ”の流れを汲むアーティストの心に響く最新作

Damir Imamović『Singer Of Tales』

 さらにアクースティックなアルバムを聴きたいと思います。ダミール・イマモヴィッチが10年ぶりのスタジオ作品『Singer Of Tales』を発表しました。今日届いたメールによると、「トランス・グローバル・ミュージック・チャート」という月に1回発表されるワールド・ミュージックのチャートでこのアルバムが1位となっていました。ダミール・イマモヴィッチはボスニア・ヘルツェゴビナの歌手であり、弦楽器奏者です。プロデューサーのジョー・ボイドから発売前に連絡をもらっていたので、なんとなく注目していたアルバムです。

 Vol.36のニック・ドレイクのところでも少しお話ししましたが、ジョー・ボイドは僕が高校生の頃、イギリスの初期フォーク・ロックの名盤をたくさんプロデュースしました。その後は独自の道を歩み続けて、金銭的な成功とはほとんど縁がありません(笑)。とても趣味のいい作品を作るのですが、ヒット曲には恵まれない。僕は彼と80年代に出会ってから交流を続けていますが、それでも相変わらず面白いアルバムを作っています。最近はドイツ人の女性と結婚して、この『Singer Of Tales』は二人でプロデュースしました。

 1曲目の「O bosanske gore snjezne」を聴いても分かるように、ダミールはとても声に艶のある歌手です。ボスニアのあたりにはセヴダという大衆音楽のスタイルがあって、元々の語源はアラビア語だそうです。ボスニアというと、旧ユーゴスラビアからの独立を巡って内戦となり、ボスニアのムスリムたちがセルビアから酷い仕打ちを受けました。元はオスマン・トルコの一部だったんですね。ポルトガルに“サウダージ”という言葉があります。ブラジルでもよく聞く言葉ですね。ブルーズのような、心の奥深くにある気持ちを意味する言葉です。“セヴダ”はこの“サウダージ”と同じ語源を持つそうです。元々はアラビア語なんですね。そのセヴダのシーンでいま、最も評価の高い歌手がダミール・イマモヴィッチだそうです。彼の家族にもセヴダをやっている人がいるらしいです。

 そして、ジャケットにも描かれていますが、彼が弾いているこの弦楽器はサーズと言います。トルコにもあるのですが、三味線のネックを長くしたような3弦の楽器です。ただ、ダミールのサーズは6弦で、チューニングがギターと一緒なのだそうです。つまり、弾き方はギターと同じなんだけど、ボディが違うというわけです。

 このアルバムには彼のほか、主に3人のミュージシャンが参加しています。女性のヴァイオリニストであるイヴアナ・ジュリッチはボスニアの人ですね。スパイク・フィドルとも言われるトルコの楽器ケメンチェを演奏するデリヤ・テュルカンはトルコのミュージシャンです。そしてベイシストはアメリカのグレッグ・コーエンです。彼はジョン・ゾーンのグループや亡くなる少し前のオーネット・コールマンのグループにもいた人です。トム・ウェイツのバックもやっていましたね。そんな面白いメンバーで、全編アクースティックな音楽をやっています。僕も普段はあまり聴いたことがないスタイルの音楽ですが、ダミールは声がいいし、心に響く感じのするアルバムです。音質も素晴らしいと思いました。ベルリンのスタジオで、録音したのは『Buena Vista Social Club』も手掛けたジェリー・ボイズ。ジョー・ボイドがずっと重宝しているヴェテランのエンジニアですね。

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サーズを弾くダミール・イマモヴィッチ

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Damir Imamović『Singer Of Tales』

謎だらけの長尺曲も収録された久々のオリジナル・アルバム

Bob Dylan『Rough And Rowdy Ways』

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Bob Dylan

 ボブ・ディランが新作『Rough And Rowdy Ways』を出しまた。このところはスタンダードなどのカヴァー・アルバムばかりでしたが、『テンペスト』以来8年ぶりのオリジナル・アルバムが、しかも突然出ましたね(笑)。3月27日には「Murder Most Foul」(邦題:最も卑劣な殺人)というディジタル・シングルが先行発売されました。ケネディ大統領の暗殺に関する歌なのかと思ったら、後半はそれだけでもなく、何の歌なのかはよく分からせないままに延々と続く、ちょっとつかみどころのない曲ではあります。ディランのアルバムはいつも、歌詞を載せません。日本盤には日本語の対訳が付くけれど、英語詞はありません。その代わり、彼の公式サイトでは過去の作品の歌詞が閲覧できます。掲載されるのは、新作が出てからだいたい半年くらい経ってからですが、今回は珍しく、「Murder Most Foul」の長い歌詞を含めたすべてのアルバム収録曲の歌詞が早々と公開されました。おそらく、彼の場合はポエットというよりもソングライターだから、歌として聴いてほしいのでしょう。読むのではなく、耳で聴いてほしいと。

 では、まず「False Prophet」を聴いてみます。タイトルは“偽予言者”という意味で、歌詞の中で「オレは偽予言者ではない」と言っています。でも、「平等な中ではオレが上」など、けっこうな豪語も目立っています。まぁ、そういうキャラクターを演じているということなのでしょう。ディランの歌詞は、言葉自体は難しくないけれど、「結局は何を言いたいんだろう」というのが多いんですよね。今回も、例に漏れずそんなところがあります。

 ディランのバック・バンドはみんな上手い人たちで、多少の入れ替わりはあっても、もうかれこれ20年くらいの長きに渡って一緒にやっています。ライヴも、いわゆるネヴァー・エンディング・ツアーと言うくらいにずっと続けています。レコーディングもライヴも全部同じメンバーでやっているから、とにかくみんな息が合っているんですね。ディランは昔からリハーサルをあまり好まない人で、レコーディングも早いそうです。曲自体は難しくないですしね。特に『テンペスト』のあたりからはかなりブルージーな、それもシカゴ・ブルーズ寄りの曲を好んでやっているように感じます。ブルーズ以外の曲もルーツ・ミュージックっぽいものが多いですね。今年で79歳、ダミ声もますます磨き掛かっていますが、まだまだ元気なようです。今年も4月には来日する予定だったし、コロナがなければ、いまもツアーを続けていたことでしょう。

 注目は何と言っても、17分に及ぶ長尺曲の「Murder Most Foul」でしょう。公式サイトで歌詞を読むと、最初のほうにはずっとケネディ暗殺に関することが並んでいます。なぜ暗殺されたのか、陰謀めいたことも歌っています。途中、ウルフマン・ジャックに訴えかけるようなニュアンスの部分もあります。この事件が起きた1963年の11月は、イギリスではビートル・マニアが急増する最中でした。2番には、そのビートルズやジェリー・アンド・ザ・ペイスメーカーズの曲のタイトルにかけた歌詞が出てきます。さらにはウッドストックなど、60年代の象徴的な出来事に触れています。そのすぐあとに、ホラー映画『エルム街の悪夢』(A Nightmare on Elm Street)に引っかける感じで出てくる“ディープ・エラム”(Deep Ellum)は、ダラスにあった赤線街です。ダラスはケネディ暗殺が行われた場所ですね。いろんな事象の断片にちょっとずつ触れているわけですが、それらにどんな脈絡があるかというと、何もないようです(笑)。ロバート・ジョンスンの「Cross Road Blues」の歌詞の一節とほとんど同じものもあります。はたまた、“Faith” “Hope” “Charity”つまり、“信仰心”と“希望”と“慈悲”という聖書に出てくる3つの理想みたいなもので、これは英語圏の人なら、敬虔なキリスト教徒でなくてもすぐにピンとくる言葉です。ザ・フーの『Tommy』も一瞬出てきますね。サム・クックやエヴァリー・ブラザーズ、ラリー・ウィリアムズなどの曲の歌詞もちょっとだけ登場しています。

 “I’m just a patsy”は、リー・ハーヴィ・オズワルドが実行犯として逮捕されたときに述べた言葉です。“patsy”は、騙されやすい馬鹿者という感じの意味なんですね。この言葉を聞けば、多くの人はオズワルドを思い浮かべるはずです。でも、そのあとに、くっついている“Patsy Cline”は、やはり1963年に交通事故で亡くなったカントリー界のスターだった女性歌手です。“New Frontier”は、もちろんケネディが打ち出した政策のことですね。このあたりは同時期に起こったことを上手に散りばめている印象があります。

 後半に出てくる“Tom Dooley”は、キングストン・トリオがフォーク・リヴァイヴァルのときに大ヒットさせた曲です。ウルフマン・ジャックに「これをかけてくれ」と、いろんな具体的な曲が次々に出てきたり、ドン・ヘンリーやグレン・フライといったミュージシャンたち、さらに最後のほうにはセローニアス・マンクやチャーリー・パーカーなどジャズの人たちの名前も出てきます。ちょっと気になったのは終わりから2行目の歌詞。「偉大なバド・パウエルの演奏で、〈Love Me Or Leave Me〉をかけてくれ」とあります。「Love Me Or Leave Me」は1940年代くらいのジャズのヴォーカル曲でいろんな人が歌っていますけど、バド・パウエルが演奏しているテイクは、検索しても見つけることができませんでした。単に、最後の“Foul”と“Powell”で韻を踏んだだけなのかもしれません。

 最後の1行に“Blood Stained Banner”という言葉が出てきます。アメリカの国旗は“Star-Spangled Banner”、つまり星だらけの旗という意味で、国歌のタイトル( The Star-Spangled Banner)にもなっていますね。そこを「血に染まった旗」と、最後にまたケネディ暗殺を匂わせています。そして「Murder Most Foul」は、アガサ・クリスティのミステリー「Mrs McGinty's Dead」を基にした映画(1964年公開)のタイトルでもありますね。“Foul”は、“極悪”という意味です。

 多分、次々と韻を踏みながら歌詞を書く中で、自分にとって思い出のある人物の名前も浮かんでくるままに加えていったのでしょう。まぁ、半分遊んでいる感じがしなくもありませんが、ケネディ暗殺にかけて現代のアメリカの病んだ部分に目を向けようとしているような気もします。でもこのアルバムは、予想以上にヒットもしているし、最近のディランのアルバムとしてもかなり健闘しているようです。デビューからおよそ60年。これだけ長くやっている人もあまりいません。

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Bob Dylan『Rough And Rowdy Ways』ソニー・ミュージック SICP-6341~42

PB’s Sound Impression

レコードやストリーミングを高音質に楽しむための最新アイテム
「安価な機材を少しずつ揃えていくのもオーディオの楽しみでしょうね」

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ENZO j-Fi LLC.の試聴室。スピーカーは、迫力の38cmウーファーが目を引くATCのSCM150SE

 ENZO j-Fi LLC.の嶋田亮さんが心酔するマリア・カラスのポートレートが微笑む試聴室で、今回のA Taste of Musicはピーター・バラカンさんが持ち込んだアナログ・レコードやCDのほか、さらに前回と同様に、QobuzやTidalといった高音質ストリーミングも統合型音楽再生ソフトRoonで再生。それぞれの音源をじっくりと聴きましたが、特にアナログの再生ではリーズナブルな名脇役がその実力を発揮していました。また、後半は別室にて、嶋田さんがすべての音楽ファンにお薦めするコンパクトなデスクトップ・オーディオ・システムも試聴。その小気味よい音に、バラカンさんも楽しげに耳を傾けていました。(編)

レコード鑑賞が楽しくなるコンパクトなフォノ・イコライザー

嶋田 システムの構成は、前回のVol.33でお越しいただいたときと大きくは変わりませんが、アナログ・レコード・プレイヤーのROKSAN Xerxes(ザクシーズ) 20 Plusが新たに加わっています。今日のアナログ・レコードは、このプレイヤーにiFi audioの新製品として間もなく発売されるフォノ・イコライザーiPhono3 Black Labelを繋いで聴いていただきました。iFi audioのこのラインとしてはやや高額ですが、S/N比なども大変良好で、100万円クラスのフォノイコに匹敵するスペックを備えています。前回のATOMやイベントなどでバラカンさんにもよくご試聴いただいているM2TECHとは設計思想が異なっていて、iPhono3 Black Labelにはデジタル回路は一切搭載していないのですが、S/N比が高いというのがいちばんの特徴で、MM時で89dB、MC時で85dBの高スペックとなっています。

PB S/N比が良くなると、何か変わるのですか。

嶋田 音の背景が静かになります。古いレコードをかけても、背景がザワザワしませんし、MCカートリッジは低出力・低インピーダンスのハイエンド製品であってもトランスなどの増幅回路が必要ありません。それがいいフォノイコを通した音の特徴です。ただし、ハイエンドのフォノイコは値段もさることながら、筐体も大きなものがほとんどです。通常は、それくらい大きくしなければS/N比を稼げなかったのですが、iPhono3 Black Labelは小さな筐体でそれを実現しています。

PB 裏面には何やら小さなスイッチがたくさん付いてますね。

嶋田ディップ・スイッチによって、カートリッジに合った負荷抵抗を細かく設定できるようになっています。

PB それにしてもえらく細かい表示がたくさん……。ちょっと気が遠くなりそうです(笑)。

嶋田 最初に仕様書などで負荷インピーダンスを調べて設定するだけなので、そんなに大変ではありませんので、ご安心ください。

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iFi audioの新製品iPhono3 Black Labelなどのポイントを説明するENZO j-Fi LLC.の嶋田亮さん(右)

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iFi audioのiPhono3 Black Label

PB iFi audioというブランドの特徴は?

嶋田 どれもコンパクトで高性能に作られていて、いま海外のオーディオショーでの採用率も高いんですよ。人気の理由の一つは、オーディオ・ラックの1段を占領しないところなんです。この形状と小ささなので、プレイヤーやアンプの後ろにでも置いておけるという取り回しの良さが現在のニーズに合っているのだと思います。

PB アナログの機材はいまでも根強い人気があるのですね。

嶋田 そうですね。アナログと言えば、今日のシステムにはもう一つアクセサリーを加えています。iPhono3 Black Labelはトランジスタなのですが、その後段に同じくiFi audioの真空管バッファー・アンプmicro iTube2を繋いでいましたので、音の濃い真空管のテイストもお感じいただけたかと思います。これも筐体が小さいので、機材の後ろに隠して設置することが可能です。いまはそのように、物理的な存在感は控えることが重要なんですね。

PB 縁の下の力持ち(笑)。

嶋田 はい。すでに埋まっているラックを買い直すことなく機材を増設できるのは、非常に重宝されているようです。もちろん、それでいて性能はハイエンドなものに引けを取らないことも大きなポイントです。

PB この中に本当に真空管が入っているのですか。

嶋田 外からだとよく見えないのですが、ジェネラル・エレクトリックの小さい管が入っています。GEの5670管というやつですね。日本のアンプにはこれ見よがしに真空管を立ててあるものが多いですが(笑)、iFi audioの場合はブランド・ロゴの“i”の頭の小さな窓から少し見えるという設計です。スイッチ・オンの状態でも10万時間くらい持ちますので、10年は楽しめます。

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iFi audioのmicro iTube2

PB カートリッジはいつもの赤と青ですね。

嶋田 ROKSANに付いているのがレッド・スパロウ(朱雀)で、THORENSのほうがブルー・ドラゴン(青龍)です。この二つは似ているようで性格が異なっていて、青龍がメタル・ボディの重量級であるのに対して、朱雀は高性能な樹脂を組み合わせて軽量化を図っています。ROKSANに付いているトーンアームのように軽くてシェルが一体になっているタイプには軽いカートリッジが適しています。

PB ウエイトで調整するとしても?

嶋田 カートリッジが何グラムでも、ウエイトでバランスを取って同じ針圧にすれば同じではないかと思われるかもしれませんが、実は違うんですよ。アームの長さや重さによって、適するカートリッジの重さというのはあるんですね。そこがオーディオの困ったところです(笑)。THORENSに乗っているSMEのようなロング・アームには同じ針圧をかけても重いカートリッジのほうが音は安定します。

PB なるほど。やはりこれはSMEですか。僕にとっても昔からよく見慣れたトーンアームです。この金色は初めて見ましたが(笑)。

嶋田 SMEの3012ですが、確かにゴールドは少ないですね。

PB ターンテーブルはTHORENSなのですね。このブランドはまだあるんですか。

嶋田 ブランドはまだありますが、日本での流通は行われていないようです。スイスのTHORENSが作ったこのターンテーブルも、すでにヴィンテージの部類ですね。

PB こんなに大きなTHORENSは初めて見ました。

嶋田 1984年頃のモデルですが、CDに対抗するために出てきたものなんです。

PB 「これでもディジタルに移行するのか」という感じで?

嶋田 そうですね。THORENSは共振モードと言って、いろんな素材を組み合わせて共振を抑えるのがすごく上手いのですが、そうしたノウハウを思い切り詰め込んだモデルです。

PB ROKSANのほうは?

嶋田 Xerxes 20 Plusはイギリスのブランドらしい作りですね。フローティング構造のベルト・ドライヴで、真ん中の芯も触れさせないようになっています。とことんフリーな状態でかけるのがいちばんいい音だというわけですね。

PB それは振動を少なくするということですか?

嶋田 いや、多分そうではなくて、レコードは針で擦って音を出すものなので、ダイレクト・ドライヴのようにガチガチに固めてしまうと、フワッとしたいい音はしないという発想なんじゃないかと思います。

PB それは面白い発想ですね。そして今日はまた例のイコライジング・カーヴの違いも楽しませてもらいました。ジェシ・エド・デイヴィスのレコードを聴いたときに、ちょっと違和感があったのでNABに変えてもらったら、全然違うと感じるくらい良くなりました。久々に必殺技が出ましたね(笑)。

嶋田 そうですね。今日の機材は、以前お聴きいただいたM2TECHのフォノ入力付きADコンバーターJoplinMkⅡの後継モデルJoplinMkⅢです。多様なイコライジング・カーヴを選べる機能はそのままに、768KHz(PCM)、11.2MHz(DSD)といった超ハイレゾに対応しました。iPhono3 Black LabelにもRIAAやコロムビア、デッカなどいくつかのイコライジング・カーヴは搭載しているのですが、NABはなかったのでJoplinMkⅢで聴き比べていただきました。それにしても、アトランティックがNABであること、バラカンさんはよくご存知でしたね

PB なんとなく憶えていました。

嶋田 さすがですね。恐れ入りました(笑)。

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アナログ・プレイヤーはROKSAN Xerxes 20 Plus。シェル一体型のトーンアームはARTEMIZ。Xerxes 20の新しい製品情報はこちら

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ROKSAN Xerxes 20 Plusに装着されたTOP WING 朱雀。振動周波数の異なる材料を組み合わせて振動を分散させることで、筐体の共振による音への影響を極力排除している

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すでにヴィンテージな佇まいを感じさせるTHORENS Prestige。トーンアームはSME 3012G

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THORENS PrestigeのカートリッジはTOP WINGの青龍。レコード針が拾う微細な音溝による磁束変化をストレートに伝える“コアレス・ストレートフラックス方式”を採用

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iFi audioの新製品iPhono3 Black Labelは、驚異的な低ノイズ化を実現するなど、サイズを超えた高性能を誇るフォノ・イコライザー。場所をとらないコンパクトな筐体は実際に取り回しをするうえでもメリットが大きい

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iPhono3 Black Labelの裏面。多数のディップ・スイッチによりカートリッジに合った負荷インピーダンスを細かく設定できる。また、イコライジング・カーヴの選択も可能

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iFi audio micro iTube2はGeneral Electric 5670を内蔵する真空管プリ・アンプを兼ねたバッファー・アンプ。システムに加えることで、手軽に「真空管マジック」を楽しめる

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M2TECHのADコンバーターJoplinMkⅢ(上)は、バラカンさんのクリエストで、『Taj Mahal』のイコライジング・カーヴをNABで聴くために使用

コンパクトで音のいいデスクトップ・オーディオ・システム

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嶋田 さて、バラカンさんに聴いていただきたいアイテムがもう一つあります。弊社で扱っているiFi audioのヒット商品で、USB DAC / ヘッドフォン・アンプのZEN DACと、JBL PROFESSIONALのパワード・スピーカー104-BTW-Y3を組み合わせたコンパクトなシステムです。Bluetooth入力にも対応した104-BTW-Y3は、クオリティの高いサウンドをリーズナブルな価格で実現していて、オーディオ輸入業の我々から見ても、さすがJBLと唸らずにはいられないハイCPモデルです。これに、発売以来ご好評いただいているZEN DACをセットにして提案することにしました。合わせて大体4万円くらいのシステムですが、僕らが若い頃はここまで廉価でこの音を手に入れることはできなかったと思います。

PB できませんでしたよね。

嶋田 このセットをパソコンに繋げば、ストリーミングやダウンロードした音源もハイレゾを含めてかなり良好な音質で楽しんでいただけますから、その意味ではいい時代だと思います。

PB ZEN DACの特徴は?

嶋田 iFi audioらしいコンパクトな筐体に、ハイレゾ・ストリーミングを楽しむために必要な機能がすべて入っていることです。スペックとしては、24bit/384kHzまでのPCM、12.4MHzまでのDSDをサポート。また、Audirvana、Roonなどのアプリを使用すればMQAも再生可能です。いま世に出ているどんな高音質ファイルも、これ1台でほぼカヴァーできます。

PB どんなユーザーが対象ですか。

嶋田 iFi audioではこの後、ZENシリーズでコンパクトなプリ兼ヘッドフォン・アンプもリリース予定なので、先ほどのフォノイコと組み合わせて、ストリーミングだけでなく、アナログ・レコードなどもお好きなスピーカーで駆動するようなシステムも安価に構築できます。いわゆるミニ・コンポとは違う発想によるこうしたシステムは、耳の肥えたご年配のオーディオ・ファンの方はもちろん、僕としては若い音楽ファンにも届けたいと思っています。いい音で音楽を楽しむためのきっかけになり、またさらに音楽が好きになってくれたら嬉しいですね。

PB 普段、スマートフォンにイヤフォンを繋いで聴いている若い人にとっても、スピーカーで聴くことの楽しさは絶対に分かってもらえるはずです。その心地良さが身に付けば、音楽の捉え方もまた違ってくるかもしれませんね。

嶋田 そうですね。若いオーディオ・ファンにはヘッドフォンが好きな人が多いのですが、最近の「ヘッドフォン祭」に来る人たちを見ていると、ストリーミング音源にしろ、スピーカーで聴くにはどうすればいいのかという声も徐々に聞かれるようになってきました。iPhoneで音楽を聴くスタイルが定着しておよそ10年。イヤフォンとヘッドフォンの時代から、少し風向きが変わってスピーカーの音が注目されつつあるようですね。では、早速この音をお聴きください。このMacBook ProにはAudirvana Plusという再生ソフトが入っていて、ハイレゾ・ストリーミングのTidalなどが聴けるようになっています。

PB ではでは、メイシオ・パーカーの新作『Soul Food: Cooking With Maceo』を聴いてみましょうか。このアルバムがまた良かったんですよ。なるほど。思ったよりもしっかりした音ですね。ZEN DACの前面にあるTRUE BASSというスイッチは?

嶋田 小さいスピーカーで低音を補強したいときに使う機能です。

PB まさにこのようなスピーカーですね。押してみましょう。うん、小さめの音量ならオンにしてもいいですね。でも、ヴォリュームを上げると過剰かな。音量によっては押さなくても低音は十分かと思います。

嶋田 このスピーカーは音楽制作に使用しているクリエイターもいるくらい、なかなか正確な音像が得られます。ではここで、USBケーブルを一般的なものからiFi audioのMercury 3.0に換えてみます。いかがでしょう。

PB おっ! ベイスがまず違う。

嶋田 けっこう解像度に違いが出ますよね。音がよく見えるようになったかと思います。

PB 本当だ。全然違いますね。

嶋田 iFi audioのラインアップはこのようにアップ・グレードできるのが面白いところです。また、その違いが分かるくらいのクオリティがデバイスそれぞれに備わっているということでもあります。

PB Tidalにはクランビンの新作『Mordechai』もあるので聴いてみましょう。テクサスのヒューストンから出てきたギター、ベイス、ドラムズの3人組で、基本的にインストゥルメンタルなんだけど、ちょっとサイケデリックで得体の知れない感じのバンドです。でも、分かりやすくて気持ちいいんです。先ほど聴いたセーラ・ジャローズもありますね。うん、アクースティックな音もいいですね。

嶋田 卓上に音場が見える感じがしますね。このシステム、バラカンさんはいかがでしたか。

PB 音源は通常のストリーミングよりも高音質なTidalで、また、再生ソフトもAudirvana Plusだからか、さすがにいい音だったように思います。この小さなシステムはとてもしっかりした音で、楽しく聴かせてもらいました。

 オーディオというと、僕らの世代のように、それが身近にあって当たり前だった時代を憶えている人は、いまでも何かのきっかけでいいものを買おうかなと思うことがありますが、物心を付いたときにすでにスマートフォンがあった世代には音楽をいわゆるオーディオで聴くという発想がそもそもありませんね。そんな若い人たちにとって高価なオーディオはなかなかハードルが高いと思いますけど、これくらい安価なシステムなら手も届きやすいでしょう。先ほどの話にもありましたが、イヤフォンやヘッドフォンでしか音楽を聴いたことがない人にとっては、これくらいの小さなものでもスピーカーで聴くことは楽しいと感じてくれるのではないでしょうか。そういうことが生活にちょっとした潤いを与えてくれるものだと思います。

 思えば僕だって、最初は普通のレコード・プレイヤーしか持っておらず、若い頃はそれに付いてるモノラルのスピーカーでずっと音楽を聴いていました。ステレオのオーディオが買えたのは1970年、19歳になってからのことでした。オーディオは上には上がありますから、そこはちょっとずつ揃えていけばいいのではないでしょうか。

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iFi audioの人気アイテムZEN DAC(USB DAC/ヘッドフォン・アンプ)とJBL PROFESSIONALのパワード・スピーカー104-BTW-Y3。合わせて4万円前後という廉価とは思えないサウンドがデスクトップに広がる。写真のUSBケーブルはiFi audioのMercury3.0というハイエンド・モデル

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TOP WINGのWhite Barrel 4.4TRS。ZEN DACのライン出力(4.4mm5極出力端子)と、104-BT-Y3のようにTRSバランス入力端子を備えたアクティブ・スピーカーなどを接続するのに最適なY字ケーブル

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「こういうのは重ねて使うのですね」とiFi audioのアクセサリーを手に取るバラカンさん。オーディオ信号に歪みを与える電気ノイズを除去するiSilencer+とiDefender+はいずれも新製品

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バラカンさんの持ち込み音源(CDはリッピングにて試聴)

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◎今回の試聴システム

〈試聴室〉

アナログ・レコード・プレイヤー:ROKSAN Xerxes 20 Plus(トーンアーム:ARTEMIZ)、THORENS Prestige(トーンアーム:SME 3012G)
カートリッジ:TOP WING 朱雀青龍
フォノ・イコライザー:iFi audio iPhono3 Black Label
真空管バッファー・アンプ:iFi audio micro iTube2
LAN-USBオーディオブリッジ:SONORE opticalRendu
ADコンバーター:M2TECH JoplinMkⅢ
DAコンバーター:iFi audio Pro iDSD(opticalRenduからの接続DACとして使用)
スタジオ・モニター・コントローラー:GRACE DESIGN m905
パワー・アンプ:Boulder 2060
スピーカー:ATC SCM150SE

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〈別室〉

USB DAC / ヘッドフォン・アンプ:iFi audio ZEN DAC
パワード・スピーカー:JBL PROFESSIONAL 104-BTW-Y3
再生ソフト:Audirvana Plus
オーディオ・ケーブル:TOP WING White Barrel 4.4TRS
USBケーブル:iFi audio Mercury3.0

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ジェシ・エド・デイヴィスのセカンド・アルバム『Ululu』と