A Taste of Music Event Report 052018 03

Introduction

マニアックな試聴イヴェントに多数の音楽ファンが集結

 ピーター・バラカンさんが代官山のライヴハウス「晴れたら空に豆まいて」で開催しているシリーズ・イヴェント「バラカン・イヴニング」。3月7日に行われた第13弾のテーマは「カーヴにご注意!」というものだが、果たしてその内容にピンときた一般の音楽ファンはどれほどいたことだろう。“カーヴ”とは、アナログ・レコード・マニアの間でにわかに熱を帯びて語られている“イコライジング・カーヴ”のことで、詳細は当サイトの「Event Report 04」で紹介している「アナログオーディオフェア2017」の模様を伝えたリポートを参照していただきたいが、掻い摘んで解説すると、こんな感じだ。

 かつてレコードが音楽試聴の主役となり始めた時代から、より良く音を吹き込み、再生するために編み出された決めごとがある。それは、カッティング工程では低音を低めに、高音を高めにしておいて、レコード・プレーヤーで再生する際はフォノ・イコライザーで逆に低音を上げ気味に、高音は下げ気味にするという仕組みだ。イコライジング・カーヴとは、これらの周波数特性を表したものなのだが、当初はレコード会社によってその設定がバラバラだったため、1954年に全米レコード協会が統一規格“RIAAカーヴ”を打ち立てる。これにより、RIAAカーヴに合わせたフォノ・イコライザーを介せばどんなレコードも適正な音質が得られるはずだった。しかし、いくつかのレコード会社がどういうわけか、統一規格の制定後も独自のカーヴでレコードの溝を刻み続けていたらしいことが分かってきてしまったのである。

 「アナログオーディオフェア2017」では、バラカンさんの著書『ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック』で取り上げられているアルバムの中で該当するものを試聴し、かなりの反響があった。今回の「バラカン・イヴニング13」は、このイコライジング・カーヴの謎に迫るべく、いわゆるロックの名盤を中心としたアルバムを集めて片っ端から聴いてみようというもの。キャピトル、コロムビア、アトランティック、デッカ、MGMなどの輸入盤が正しい逆ガーヴ特性で再生されると、どれだけ音が良くなるのか。集まった音楽ファン全員で見届けようというのが当イヴェントの趣旨なのだ。と、なるべく簡単に解説しようとしてもこれだけの行数を要するややマニアックなテーマにも関わらず、「晴れ豆」の客席は100名に上る人たちで埋まった。やはり、アナログ・レコードには関心が高まっているのだろうか。

 「今日は一体どんなことが起きるのか、と思っている方もいるでしょう。僕は去年、イコライジング・カーヴのこの問題を初めて知り、“アナログオーディオフェア”のイヴェントで聴き比べてビックリしました。本来の音はどんなものだったのか。今日は皆さんにも同じ体験をしていただこうと思います」と切り出したバラカンさん。本日のゲストで、「ディスクユニオンJazzTOKYO」店長の生島昇さんを紹介すると、まずは自身の言葉で“イコライジング・カーヴ問題”の概要を説明。そして、「僕も技術的なことについて詳しくはないので」と紹介した助っ人は、晴れ豆の音響システムの音質向上にも貢献しているACOUSTIC REVIVEの石黒謙さんと、今回の比較視聴に欠かせないM2TECH Joplin MKⅡ(デジタル・フォノ・イコライザー/ADコンバーター)の輸入元であるトップウイングの菅沼洋介さん。

 この日、集められたレコードは、石黒さんとバラカンさん、生島さんが持ち込んだものに加え、観客が持参したものなど40枚以上。アルバムのチョイスと選曲は、観客のリクエストも募りながらランダムに行われ、幻の名盤『フル・ムーン』からドニー・ハサウェイの『Live』まで、14枚を一気に聴いた。試聴は、初めにRIAAカーヴの状態で途中まで聴き、続いてそのレーベルごとのカーヴに切り替えて聴き直すというやり方で行われた。

image er5_2「バラカン・イヴニング13」のゲストは“ディスクユニオンJazzTOKYO”店長の生島昇さん(右)
「バラカン・イヴニング13」のゲストは“ディスクユニオンJazzTOKYO”店長の生島昇さん(右)

いよいよ試聴スタート!

 どのアルバムも、それなりの変化が認められ、比較試聴としては分かりやすくて楽しい。中でも、印象的だったアルバムを次に挙げていこう。

 ビートルズの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』では、石黒さんが「ビートルズはUKオリジナルがいちばん音がいいと言われていて、このアメリカで発売されたキャピトル盤はマニアの間ではあまり評判が良くないのですが、ちょっと聴いてみてください」と、「A Day in the Life」をまずはRIAAカーヴで再生し、続いてキャピトル・カーヴに切り替えてみると、「想像以上に素晴らしい音でした」と生島さんも唸るほど、音像がより鮮明になり、名曲の貫禄がビシビシと伝わってくる。

 アリーサ・フランクリン『Lady Soul』の「Chain of Fools」は、RIAAでの試聴で感じたこもりがアトランティック・カーヴでは消えて伸び伸びとした印象になり、演奏のキレが良くなったとさえ感じるほどの変わり様だった。

 バラカンさんの愛聴盤で、同じくアトランティック・グルーブのドクター・ジョン『Dr. John's Gumbo』からの「Iko Iko」は、「比べてみると全然違うし、聴いているうちにどんどん良くなる(笑)」とバラカンさんもご満悦。生島さんも「ピントが合うことでリズムがくっきりとした感じになりました。音楽が楽しいですね」と、その効果に驚きを隠さない。

 そして、客席の反応がいちばん大きかったものの一つが、アース・ウィンド・アンド・ファイアー『All 'N All』からの「Fantasy」。その変化には客席からも「おー!」というどよめきが起こった。さらに、ボブ・ディランの「Like a Rolling Stone」(『Highway 61 Revisited』)に至っては、バラカンさんが「まるでモノクロからカラーになったような感じ」と言うように、劇的な変化となった。

 ジャズ作品では、リー・コニッツ/ジェリー・マリガン『Konitz Meets Mulligan』のオリジナル盤から「Lover Man」を試聴。「このオリジナル盤は、リー・コニッツの茫洋とした感じがいいと言われています」と生島さん。これを、パシフィック・ジャズのカーヴで聴いてみると……。「本当はこういうハイ・テンションな演奏だったんですね。私もこれまではリラックスして聴けるいいアルバムだなと思っていたんですが(笑)」(生島さん)。

 試聴を続けていくうちに、イコライジング・カーヴを巡っていくつかの疑問も生じてくる。まず、こうした洋楽の国内盤はどうなのかということ。これについては石黒さんが、「日本のプレス工場はRIAAカーヴで統一されてカッティングしていました」と説明。つまり、日本盤はすべてRIAAカーヴという認識でOKとのこと。するとバラカンさんから、「70年代当時も、例えばアメリカ盤とイギリス盤や日本盤では音が違うと言われていたけど、それはイコライジング・カーヴが関係しているのかな。それとも別の要因があるのでしょうか」との質問が。これには菅沼さんから、「いろんな要素があると思います。同じカーヴであれば、音質を決めるいちばんの要素はカッティング・エンジニアの腕ということになるでしょう」との返答があった。エンジニアの技術や設備が各国で異なるうえ、さらにこうしたイコライジング・カーヴのミスマッチという問題が絡んでいるというのだ。また、菅沼さんも補足したように、本国のオリジナル盤にはマスターの鮮度が高いというアドバンテージがある。世界中の好事家がこぞって買い求めるオリジナル盤。しかし、その真価が発揮されるためには、正しいイコライジング・カーヴでなければならないとすれば、コレクターには聞き捨てならないところだろう。ディスクユニオンの生島さんは、「オリジナル盤より、(適正なイコライジング・カーヴで再生された)日本盤のほうがいい場合があるということになりますね」と苦笑い。もちろん、正しいカーヴで聴くオリジナル盤こそいちばんいいとも言えるわけだが、「いま聴かせていただいたコロムビアのものなどは特に、音のハモり方などが明らかに違いました。うちの店も、コーナーの仕切りをカーヴごとに作り直さなければなりませんね(笑)」(生島さん)

image er5_3 代官山のライヴハウス「晴れたら空に豆まいて」には大勢の観客がつめかけた
代官山のライヴハウス「晴れたら空に豆まいて」には大勢の観客がつめかけた
image er5_4 M2TECH Joplin MKII
この日の主役とも言えるM2TECH Joplin MKII。キャピトルやコロムビア、デッカ、RCA、MGMなどLP用だけでも16種のイコライジング・カーヴを搭載している。写真はコロムビア・カーヴに切り替えているところ

“本来の音”を会場全体で共有した有意義なイヴェント

 音のフォーカスがピタッと合って、アンサンブルの見通しがよくなったり、低音がどっしりとして全体的に安定した音像が得られたり、あるいは聴き疲れしない音になったりと、適正なイコライジング・カーヴで聴くことで改善されたと感じられるポイントは実にさまざまであることが分かった。バラカンさんも、「今日はいろんな新発見があったけど、音がどう変わるかはレーベルによっても異なっていましたね。中でもコロムビアは激変していたように思います」と、この日の試聴を振り返った。

 一般の音楽ファンにとっても楽しい機会であったことは、会場で盛り上がって聴いていた観客の様子からもうかがえる。会場で、音が改善されるたびに嬉しそうに頷いていた女性二人組は、「めちゃめちゃ楽しかったです。知っている曲が、グワーッと三次元に広がった感じで、余韻もすごかったですね」、「心への響き方が違うなと思いました」と感想を話してくれた。我々の大事な音楽的遺産が一つひとつ、本来の姿を見せてくれるのは誰もが歓迎するところだろう。なんとも楽しく、有意義なイヴェントであった。

image er5_5 両サイドの壁には、数々の輸入盤がズラリ
image er5_6 両サイドの壁には、数々の輸入盤がズラリ
両サイドの壁には、数々の輸入盤がズラリ
image er5_7 オリジナル盤の見分け方など、楽しいトークで場を盛り上げてくれた生島昇さん
オリジナル盤の見分け方など、楽しいトークで場を盛り上げてくれた生島昇さん
image er5_8 ACOUSTIC REVIVEの石黒謙さん(右)とトップウイングの菅沼洋介さん
ACOUSTIC REVIVEの石黒謙さん(右)とトップウイングの菅沼洋介さん
image er5_9 プロジェクターに周波数特性を映してイコライジング・カーヴを説明する菅沼さん
プロジェクターに周波数特性を映してイコライジング・カーヴを説明する菅沼さん
image er5_10 聴き慣れた名盤の“本来の音”に、客席からはしばしば喚声が上がった
聴き慣れた名盤の“本来の音”に、客席からはしばしば喚声が上がった
image er5_11 劇的な音質変化に、このお二人の頬も緩む
劇的な音質変化に、このお二人の頬も緩む
image er5_12 ステージに設置された主な試聴機材。ワイアリングはすべてACOUSTIC REVIVEのケーブルを使用している
ステージに設置された主な試聴機材。ワイアリングはすべてACOUSTIC REVIVEのケーブルを使用している
image er5_13 レコードの溝から音を拾うカートリッジはTOP WINGの青龍
レコードの溝から音を拾うカートリッジはTOP WINGの青龍
image er5_14 ハイエンド・ターンテーブルTIEN AUDIO TT3とトーンアームの Viroa
3モーターを使用するベルト・ドライブも特徴的なハイエンド・ターンテーブルTIEN AUDIO TT3とトーンアームの Viroa
image er5_15 M2TECH Joplin MKII(上段右)の隣はステップアップ・トランスのARAIlab MT-1。Joplin MKIIから出力されるデジタル信号をアナログ信号に戻すDAコンバーターはM2TECH Young MkIII(下段)
M2TECH Joplin MKII(上段右)の隣はステップアップ・トランスのARAIlab MT-1。Joplin MKIIから出力されるデジタル信号をアナログ信号に戻すDAコンバーターはM2TECH Young MkIII(下段)
image er5_16 晴れ豆のメイン・スピーカーはMEYER SOUND UPA-1Aとサブ・ウーファーのUSW-1
晴れ豆のメイン・スピーカーはMEYER SOUND UPA-1Aとサブ・ウーファーのUSW-1
image er5_17 終演後、機材に興味を持った観客に対応する菅沼洋介さん
終演後、機材に興味を持った観客に対応する菅沼洋介さん
image er5_18 スタッフの皆さんと
スタッフの皆さんと

◎試聴曲リスト

①Full Moon『s/t』「Need Your Love」
②Santana『Abraxas』「Black Magic Woman」
③Beach Boys『Pet Sounds』「God Only Knows」
④Crosby, Stills, Nash & Young『Déjà Vu』「Déjà Vu」
⑤Beatles『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』「A Day in the Life」
⑥Rolling Stones『Out of Our Heads』「Mercy, Mercy」

■Intermission:Miles Davis『Someday My Prince Will Come』

⑦The Band『Music from Big Pink』「Chest Fever」
⑧Aretha Franklin『Lady Soul』「Chain of Fools」
⑨Dr. John『Dr. John's Gumbo』「Iko Iko」
⑩Bob Dylan『Highway 61 Revisited』「Like a Rolling Stone」
⑪Earth, Wind & Fire『All 'N All』「Fantasy」
⑫Lee Konitz, Gerry Mulligan『Konitz Meets Mulligan』「Lover Man」
⑬A.B. Skhy『s/t』「Camel Back」
⑭Donny Hathaway『Live』「What's Going On」,「The Ghetto」,「Hey Girl」,「You've Got a Friend」

試聴システム

カートリッジ:TOP WING 青龍
レコード・プレーヤー: TIEN AUDIO TT3 + Viroa
ステップアップ・トランス:ARAIlab MT-1
デジタル・フォノ・イコライザー/ADコンバーター:M2TECH Joplin MKII
DAコンバーター:M2TECH Young MkIII
ミキシング・コンソール:SOUND CRAFT MH2/24
アンプ:YAMAHA PC2002
スピーカー:MEYER SOUND Ultra series UPA-1A、USW-1(サブ・ウーファー)