A Taste of Music vol.392021 10

Contents

◎Movie Review
 
『The Jazz Loft』

◎Featured Artist & Recommended Albums
 
Thelonious Monk『The Thelonious Monk Orchestra at Town Hall』, 『Thelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall』, 『Straight, No Chaser』

◎Coming Soon
 
「Peter Barakan’s LIVE MAGIC! 2021 ONLINE」

◎PB’s Sound Impression
 
“DYNAMIC AUDIO 5555 4th floor”

構成◎山本 昇

Introduction

誰もが正しく英語を発音できるようになる本

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 コロナの影響でしばらくお休みしていたA Taste of Musicですが、久々に更新することができました。今日は、東京・秋葉原にあるオーディオ・ショップ「ダイナミックオーディオ5555(フォー・ファイヴ)」の4階にやってきました。このフロアを担当する島健悟さんにも、後ほどお話を伺いたいと思います。今回は、注目の映画『ジャズ・ロフト』のご紹介から、この映画にちなんで、セローニアス・マンクの特集をお送りします。また、今年もオンラインで開催される僕の「LIVE MAGIC! 2021」についてもお話ししましょう。どうぞ最後までお付き合いください。

 さて、いきなりではありますが、ここで最近出版した僕の本を紹介させてください。『面倒な発音記号がなくても大丈夫 ピーター・バラカン式 英語発音ルール』(駒草出版)はタイトルのとおり、いわゆる発音記号を使わずに、誰もが正しい英語の発音ができるようになることを目指し、2009年にNHK出版から刊行した『猿はマンキ お金はマニ』を改訂したものです。この改訂版には、多くの日本人が苦手な人名や国名、地名などの「固有名詞発音リスト」も付録として収録していますので、ぜひ参考にしてください。

 そもそも、僕が英語の発音に関する本を書こうと思ったのは、2003年から出演しているNHKの海外向け番組『Begin Japanology』がきっかけでした。2014年からは『Japanology Plus』として放送されているこの番組は当初、日本人のゲストにも英語で話してもらっていました。そこそこ語彙を持ち、文法もわりとしっかりした人でも、発音が今一つ良くないため、失礼ながら僕が正しく言い直す必要がありました。英語が得意そうな人でも発音が悪いのは、制度的な問題としか考えられません。そこに気付いて書き始めたのが『猿はマンキ お金はマニ』だったんです。おかげさまで版を重ねたものの、海外から日本への観光ブームのときには絶版となっていたので、せっかく役に立ちそうなのにもったいないなと思っていたところ、駒草出版から再出版の話をいただきました。まぁ、東京五輪で活用してもらおうという目論みは見事に外れてしまいましたが(笑)。

 この本で最も訴えたいのは、帯にも記しているとおり、「ローマ字は英語ではない」という最も基本的なルールです。英語は一部の例外を除いて、ローマ字発音をしてはダメなんです。ローマ字は、日本語をアルファベットに置き換えるために考案されたもので、英語の発音を日本人に伝えるためのものではありません。この本では英語の発音を、アルファベットの26文字を駆使しながら、いわゆるローマ字読みではない方法で日本人の皆さんに分かりやすく表記したつもりです。中には、どうしてもアルファベットで表記できない音があり−−−英語にはこれがすごく多いのですが−−−そうした音は、「*」で表記したりしていますので、なんとかニュアンスを掴んでいただきたいですね。カタカナでも併記していますが、相当無理があります(笑)。皆さんには、できるだけアルファベット表記を参照して頑張ってほしいと思います。

 A Taste of Music読者の皆さんに、特に読んでほしいのは外国人のファースト・ネイムの正しい発音を表記した付録でしょうか。音楽関係でも個人名の間違ったカタカナ表記がたくさんあり、僕にとってはいつも堪えがたい想いに駆られています(笑)。音楽関係者の方には、ぜひ1冊お持ちいただき、正しい表記を心掛けていただけたらと思います。苗字は確かに発音が難しいものもたくさんあります。この本を読んでも分からないものは、SNSや公式ホームページからメイルをもらえれば、すぐにお教えします。

 昨年から、義務教育では小学校3年生から英語を学ぶことになりました。この本は漢字も出てくるので大変かもしれませんが、できるだけ若い人にも、本当の発音は違うことを知ってほしいですね。こうして僕が英語発音について苦言を呈すると、「外国人だって日本語の発音がおかしい人がいるじゃないか」と反論されることがありますが、そういう人は読まなくてけっこう。無理強いはいたしません(笑)。外国人に通用する発音で英語を話したい人に、ぜひ読んでほしいと思います。

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ピーター・バラカン著『面倒な発音記号がなくても大丈夫 ピーター・バラカン式 英語発音ルール』(駒草出版)

Movie Review

写真家ユージーン・スミスの根城で繰り広げられた夜ごとのジャム・セッション
『ジャズ・ロフト』

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ユージーン・スミスが捉えたロフトに集うミュージシャンたち[©1999,2015 The Heirs of W. Eugene Smith.]

 10月15日から、注目すべき映画の上映がスタートします。アメリカ人の写真家、ユージーン・スミスが根城としていたマンハッタンのロフトに集い、夜ごとセッションを繰り広げるジャズ・ミュージシャンらの様子を中心に描いたドキュメンタリー作品『ジャズ・ロフト』です。ユージーン・スミスと言えば、日本では1970年代にフォト・ジャーナリストとして水俣病患者を捉えた写真も有名で、このあたりの活動は、ちょうど9月から上映が始まったジョニー・デップが製作・主演した映画『MINAMATA−ミナマタ−』に描かれています。この映画の冒頭にもニュー・ヨークのロフトのシーンが出てくるのですが、彼がここに居ついたのは1950年代の後半のことで、70年代の前半まで住んでいたようです。『ジャズ・ロフト』はだいたい1960年前後の話です。

 ニュー・ヨークのダウンタウンにあるロフトと言うと、1980年前後からでしょうか、そこに住むのはけっこう洒落たことになっていました。ミュージシャンやアーティストなどの多くがソーホーあたりのロフトに出入りしていました。本来は住居用ではない、商業地にあるビルのワン・フロアのことを、当時はロフトと呼んでいたのです。本当は住んではいけないはずなんだけど、住んでいる(笑)。まぁ、ユージーン・スミスの場合は写真家だから、自分のオフィスとしても使っていたわけです。当然、暗室もあるし、至るところにものすごい枚数の写真がある。そして、同じビルの別のフロアにはジャズ・ミュージシャンも住み込んでいます。

 1950年代のニュー・ヨークのことだから、ジャズは市場としても小さくなかったと思いますが、とにかく当時のジャズ・ミュージシャンはジャム・セッションする場所を常に探していました。ロフトのようなガランとした空間で演奏できると分かると、すぐに口コミで広がって毎晩のようにいろんなミュージシャンが入れ替わり立ち替わりやってきたそうです。一口にジャズと言っても、ニュー・オーリンズ・スタイルのいわゆるディクシーランド・ジャズもあれば、スウィング・ジャズやビ・バップもあり、この時期にはぼちぼちアヴァンギャルド・ジャズも始まろうとしています。実に様々なミュージシャンが誰彼構わず集まって、その日にやって来た者同士でジャム・セッションを繰り広げ、即興が延々と続く。そういう場所になっていたんですね。

 ユージーン・スミスもジャズが好きで、オーディオにも凝っていたようです。彼の部屋にはなぜか、ポータブルなオープン・リールのテープ・レコーダーが複数台ある(笑)。当時は珍しかったと思いますね。そして、周りの部屋のあちこちにマイクを仕込んで−−それこそ天井に穴をあけたりして−−レコーダーを回しっぱなしにして、人の会話やラジオの音でも何でも、ずっと録音しているんです。もちろん、そこにはジャズ・ミュージシャンたちの演奏も残されているのですが、ただ自分で聴いて楽しんでいたらしく、ブートレグのレコードを作って売ったり、無断で放送したりといったことは一切なかったようです。興味の赴くままに何でも録音している−−−不思議な人ですね。

 『ジャズ・ロフト』には、ユージーン・スミスがロフトに移り住むようになる前のエピソードも出てきます。第二次世界大戦では『ライフ』誌などの従軍写真家としてサイパンや硫黄島などの戦地に赴いています。27歳のとき、沖縄戦を取材中、戦闘の場面では身を伏せていなければならないのに、立ったほうがいい写真が撮れると思って撮影していたところ、砲撃を受けて大怪我を負い、2年ほど仕事ができなくなってしまいます。その後、ニュー・ジャージーののどかな町で家族と暮らしながら、『ライフ』誌を中心に様々なテーマの写真を撮り続けていましたが、写真の扱いや誌面の構成などを巡って編集部との軋轢が生じるようになります。やがて1957年になると、生活を変えたくなったのか、家族と別れて移り住んだのがマンハッタンの生花問屋街にあるロフトだったのです。

 彼はすごくアーティスティックな写真家で、特集の組み方やレイアウト、写真の焼き方などについて、編集部の意見と対立することもしばしばで、ときにはケンカもするし、嫌気がさして仕事を放り出して大酒を呑んでいたり……。雑誌社との関係は上手くいかないことも多かったようですね。そうこうしているうちに仕事は減って、経済的にも困るようになってしまいます。この映画は彼のそういうアーティスティックな悩みも描いていてとても面白い。こうした葛藤は、写真家もミュージシャンも同じように抱えているものでしょうからね。

 部屋の位置関係は今一つよく分からないんだけど(笑)、同じビルのロフトにホール・オーヴァトンというジュリアードで教えているピアノの先生が住んでいました。編曲家でもある彼は、いろんな仕事をこなしていて、音楽業界でも評価の高いミュージシャンでした。彼の部屋にはピアノがあり、レッスンを受けるために生徒たちもやってきます。あるとき、このロフトから聴き覚えのあるピアノの音が流れてきました。もしかして、これはセローニアス・マンクじゃないか。そう、確かにマンクがホール・オーヴァトンの部屋に来ていたのです。1959年、ニュー・ヨークのタウン・ホールでコンサートをやることになっていたマンクが、自分の曲を10人編成のバンドで演奏するための編曲やリハーサルをホール・オーヴァトンと行っていたんですね。『Thelonious Monk Orchestra at Town Hall』としてアルバムも出ているこのコンサートのオーケストラは、普通のオーケストラとは全然違う面白い編成で、サックスやトランペットのほか、チューバやフレンチ・ホーン、トロンボーンを含むホーンのアンサンブルとなっています。まずはお酒を呑んでから始まるリハーサルは夜通し行われていました。ピアニストの10指を10人のミュージシャンに割り当てて編曲するという、とても興味深い試みです。

 サックス奏者のズート・シムズも、ロフトによく足を運んだ一人です。その様子を見ていた人は、エネルギーに満ちあふれたズート・シムズは寝ることも忘れ、他のミュージシャンがダウンしてもなお、3日間ぶっ通しで吹き続けていたと、伝説のような話を語っています。彼は僕にとって、たくさんの有名なジャズ・ミュージシャンの中の一人で、名前は知っているけれど、どんなサウンドを持っている人なのかよく分かりませんでした。ただ、よく覚えているのは、僕が1974年7月に初めて東京に着いたその日に、会社の机の上に置いてあったフィービー・スノウのファースト・アルバム『Phoebe Snow』です。全く知らない新人歌手でしたが、聴いてみたらものすごく好きな作品でした。そのアルバムの中の1曲「Poetry Man」にえらく雰囲気のいいサックス・ソロがあって、クレジットを見たらズート・シムズだったんです。でも、『ジャズ・ロフト』を観ると、若い頃の彼は他のサックス奏者の間でも伝説の人物だったようですね。サックスを口にくわえた途端に創造性豊かな即興がどんどん出て、何時間吹いてもそれが継続する。ほとんどサイボーグと思えたことでしょう。

 また、同じくロフトの住人だったドラマーのロニー・フリーは、麻薬中毒により入院していたニュー・ヨーク郊外の精神病院カマリロでの体験なども語っています。このカマリロは、チャーリー・パーカーも入院していて、「Relaxing at Camarillo」という曲を残しています。

 ロフトで展開されたリハーサルやジャム・セッションの様子を録音していたユージーン・スミスは、もちろん写真も一緒に撮っています。彼はミュージシャンから一切警戒されない写真家だったんですね。映画でも、関係者のインタヴューなどは映像で紹介されていますが、訪れたミュージシャンたちは彼が撮った写真を上手く使って構成しています。『ジャズ・ロフト』は、ジャズ・ファンをはじめ広く音楽ファンにも面白く観てもらえる映画だと思います。

 僕はこの映画を「Peter Barakan’s Music Film Festival」という音楽映画祭でプレミア上映し、すでに何回も観ました。最近は映画を自宅のテレビやコンピューターの画面で鑑賞することが多くなりましたが、やはり映画館の大きなスクリーンで観るのとは全然違います。音楽をここにあるようなオーディオで聴くのとコンピューターのスピーカーで聴くのでは全く世界が違うのと同じように、クオリティの違いは明らかです。大きな画面で観ると、その中にあるいろんな細かい情報にも気付きます。また、繰り返し観ていると、余裕をもって受け止められるから、見逃していたことにも目が行くようになって、ますます楽しくなる。やっぱり、映画は映画館で観たいものだとつくづく思いました。

 今年の7月に有楽町で始まり、京都や大阪でも開催してきたこの音楽映画祭は、10月に横浜で、また11月には福井、12月には瀬戸内でも開催予定で、僕もトーク・ショウを行います。作品の数は少なくなりますが、お勧めの作品を上映しますので、お近くの方はぜひお越しください。

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映画『ジャズ・ロフト』
2021年10月15日(金)より Bunkamura ル・シネマ他全国順次公開
◎脚本/プロデューサー/監督:サラ・フィシュコ◎出演:サム・スティーブンソン、カーラ・ブレイ、スティーヴ・ライヒ、ビル・クロウ、デイヴィッド・アムラム、ジェイソン・モラン、ビル・ピアース 〈以下、写真/声のみ〉セロニアス・モンク、ズート・シムズ、ホール・オーヴァトン◎配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
https://jazzloft-movie.jp/

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Featured Artist

Thelonious Monk

「ユニークな演奏スタイルを持つ偉大なコンポーザー」

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映画『ジャズ・ロフト』にも登場するセローニアス・マンク。右はロフトの住人で共に編曲を手掛けたホール・オーヴァトン [Photo by W. Eugene Smith, 1959 ©The Heirs of W. Eugene Smith.]

 いま、最も偉大なジャズの作曲家と言えば、多くの人がデューク・エリントン(1899年生まれ)、セローニアス・マンク(1917年生まれ)、チャールズ・ミンガス(1922年生まれ)の3人を挙げるでしょう。彼らはプレイヤーとしての才能もさることながら、ジャズの教科書のような曲を作曲しました。3人の中で、エリントンは活動した時代も早くて曲も分かりやすいかもしれませんね。個人的な感覚をお話しすると、彼の良さが分かるようになったのはずいぶん後のことでした。エリントンの曲と言うとホテルのラウンジでBGMのように流れていることが多かったりして、失礼ながらあまり格好いいイメージはなかったんですよ。もちろん、メロディを聴けば誰でも知っている曲がたくさんあるし、それらをあの時代に作ったことがいかに画期的だったかをのちに知って認識を新たにしました。

 僕にとって、セローニアス・マンクとの最初の出会いはテレビでした。ロンドンに住んでいた頃で、確か「Jazz 625」というBBCの番組だったと思います。当時はまだチャンネルが一つしかなかったBBCは、テレビの走査線の数が405本でした。日本はアメリカと同じNTSC方式なので525本。イギリスは60年代の半ばに、チャンネルを増やしたときにPAL方式を採用して625本になりました。番組名はこの数字にちなんでいます。まぁ、いまで言うところの4Kみたいなものでしょうか(笑)。で、何しろこの頃のテレビのチャンネルはBBCが二つと民放が一つ、全部で三つしかありませんでしたから、知らない番組はほとんどない時代です(笑)。この「Jazz 625」は必ず観ていたわけではないのですが、たまたまつけたら出ていたのがセローニアス・マンクだったのです。見た感じも面白いし、聴いたこともないような音楽をピアノで弾いている……何これ? メロディもすごく変わっているけど、とにかく面白い。当時も僕はロックを聴く人間で、ジャズはそんなに詳しくないから比較の対象になるものもほとんど持っていなかったけど、この面白さは伝わりました。ユニークで、とても新鮮な音楽だったんです。

 このときのテレビのマンクが踊っていたかどうかは定かではありませんが、この人は気分次第で立ち上がって踊ったりするんです。『ジャズ・ロフト』でも、バンドのメンバーにその曲のリズムを踊りで伝えるエピソードがありましたね。とにかく、普通のミュージシャンがやらないことをやるので、ちょっと変わり者のように思われてしまう人でもあります。彼の特徴というと、帽子がまた面白い。必ず何かしら帽子を被っているんですけど、これまた個性的なものばかり。また、映画『真夏の夜のジャズ』のマンクは、テンプルが竹で出来たサングラスをかけていました。1958年当時にオシャレなんてもんじゃない(笑)。身に付けるもの一つをとっても、極めて個性的な人だったんですね。

 マンクが作る曲は、ハーモニーもリズムもどこか変わっています。『ジャズ・ロフト』に出てくるミュージシャンも語っていましたが、プロでさえマンクの曲が持つ“間”を正確に演奏するのは難しいらしいのです。あの感覚はどこから来るのか、本当に不思議です。他にはいないタイプのミュージシャンだと思います。

 演奏スタイルも個性的で、ピアノの隣同士の鍵盤をよく弾くんですね。1951年にはブルー・ノートからアルバムを発表しているマンクですが、デビューから間もない頃は、そのことで評価を下げた評論家もいたようです。もちろん、その良さを理解していた人もいたでしょうが、一般的には不遇の時期もあったようですね。また、彼にはちょっとした災いがありました。ニュー・ヨーク・シティでは、お酒が出る店で演奏するためには、俗にキャバレー・カードと呼ばれる許可証が必要でした。マンハッタンやブルックリン、ブロンクスなどのクラブやバーでの話です。キャバレー・カードについては、やはり『ジャズ・ロフト』でも触れられていますが、そのルーツは戦時中だったそうです。酒場で気が緩んだ軍関係者の会話をスパイに聴かれるのを防ぐなどの目的で、犯罪歴のある人は演奏できないというルールを作ったんですね。戦後は廃止されてもいいはずのものだったわけですが……。1950年代初頭のあるとき、マンクは同じくジャズ・ピアニストのバド・パウエルと車に乗っていたんですが、バド・パウエルはヘロイン中毒だったので、いつもヘロインを持っていました。たまたま警察に止められるのですが、バド・パウエルは前にも捕まっているから今度は刑務所行きになってしまう。そこでマンクは優しくも、ヘロインを自分のポケットに入れるのです。警察がそれを見つけると、マンクは初めてだったためか、刑務所行きは免れますが、キャバレー・カードを取り上げられてしまうんです。だからマンクはそれから数年間、ニュー・ヨーク・シティのクラブで演奏できなかったんですね。当時のジャズ・ミュージシャンにとってこれは死活問題で、すごく可哀想な出来事でした。

 マンクの手にキャバレー・カードが戻り、ニュー・ヨーク・シティのクラブやバーで演奏できるようになったのは1957年頃。有名なのがクラブ「Five Spot」での演奏です。数ヵ月にわたって出っぱなしだったマンクのライヴには、ジョン・コルトレインの姿もありました。マイルズ・デイヴィスのグループをヘロイン中毒のせいでクビになったコルトレインをマンクは気にかけ、自分のアパートにも呼んで音楽を指導するんですね。麻薬を絶とうと決め、音楽の練習に打ち込むコルトレインにとっても、マンクの曲は難しいけれど自分にとってのチャレンジにもなるから真面目に取り組んだと言います。まだ寝ているうちにアパートにやって来るので、マンクはベッドからそのままピアノに向かって教えていたとか(笑)。「Five Spot」での共演を経て、二人は1957年の11月にカーネギー・ホールでの公演を果たします。その模様は当時、ラジオで放送されたのですが、音源の所在は長く分かっていませんでした。それが2005年になって発見され、ブルー・ノートがアルバム『Thelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall』(2005年)として発表しました。

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Playback Designsの“Dream”シリーズやMonitor AudioのフラッグシップとなるPL500 IIを中心とした本日のシステムに耳を傾けるバラカンさん

Recommended albums

強烈なテイストを感じさせるマンクのアルバム

 では、先ほどの映画『ジャズ・ロフト』にも出てきたタウン・ホールのライヴ録音『The Thelonious Monk Orchestra at Town Hall』(1959年)から「Little Rootie Tootie」を聴いてみましょう。マンクのピアノにトランペット、トロンボーン、フレンチ・ホーン、チューバ、サックスはアルト、テナー、バリトンの3管、そしてベイスにドラムズという10人編成の“オーケストラ”です。最後のほうはよく聴くと、すごく難しいことをやっています。まるでマンクが即興で弾いているようなラインを他のミュージシャンたちに割り振って、楽譜で演奏させています。テンポもけっこう速いし、不協和音もたくさんあるし、これを生で演奏するのは本当に大変だったと思います。一人でも間違った音を出したらメチャクチャになりますよね。アルバムの中でも、この曲がいちばん難題だったようです。このタウン・ホールでのライヴ録音は、僕が持っているマンクの『The Complete Riverside Recordings』という15枚組のボックス・セットにも収録されています。

 なぜ、鍵盤の隣同士の音を弾くのかというと、アフリカの音感を表現したいからなのだそうですね。本来は五線譜で表せないブルー・ノートの音階を、隣同士の鍵盤を弾くことでなんとなく感じさせようとしたわけです。でも、多くの人にとっては不協和音のようにも感じてしまう。例えば「Round Midnight」のような名曲でも、一瞬タイミングがずれているように聞こえるけれど、テーマの部分は毎回同じように弾いていますから、明らかに意図的です。それを楽しめることが、マンクが好きになるかどうかのカギでしょう。僕はテレビという映像の力もあって、理屈抜きに好きになりました。「Round Midnight」や「Blue Monk」、「Monk's Mood」といった代表曲はもちろん、ちょっと難しいところでは「Evidence」や「Misterioso」、ノリのいい曲では「In Walked Bud」、「Bemsha Swing」あたりも面白いと思います。

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『The Thelonious Monk Orchestra at Town Hall』

 ではここで、『Thelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall』から「Evidence」を聴いてみたいと思います。冒頭のフレーズの独特な“間”は、何回聴いても面白いですね。続くスロー・テンポの「Crepuscule with Nellie」も素晴らしい曲ですが、不思議な曲調です。タイトルの“ネリィ”はマンクの奥さんの名前、“クレピュスキュール”はフランス語で“黄昏時”という意味で、ちょっとロマンティックな曲となっています。マンクの作る曲は本当に独特で、これが好きになると普通のジャズ・ピアノが物足りなくなるくらい、強烈なテイストを感じさせます。僕にとっていまも、いちばん好きなジャズ・ピアニストです。

 マンクが初めて発表したアルバムはブルー・ノートから1951年に出た『Genius of Modern Music Vol.1』です。録音を残したレーベルは、最初がブルー・ノートで、プレスティージ、リヴァーサイド、最後はコロンビアに移籍しました。コロンビア以外は当時のインディ・レーベルですが、1960年代に入ると人気も出て、高い評価を獲得しました。1960年代の終わりまで、コロンビアでコンスタントにアルバムを出し続けます。

 では、今回もe-onkyo musicがハイレゾ音源を提供してくれましたので、マンクの『Straight, No Chaser』(1967年)からタイトル曲を試聴してみます。なぜこれを選んだかというと、先ほどお話ししたテレビで観たのがまさにこの曲だったんです。コルトレインやサニー・ロリンズといった大物との共演もありましたが、この頃は主にサックスのチャーリー・ラウスをはじめ、ベイスのラリー・ゲイルズ、ドラムズのベン・ライリーを信頼のおけるメンバーとして起用し続けています。プロデューサーはマイルズと同じティオ・マセロ。コロンビアということで録音のクオリティもいいし、サウンドも安定していて、どれを聴いてもいいという感じです。ところが、70年代に入ると、本人の健康面で問題が生じます。精神的には躁鬱病を患っていたとも言われますが、当時はまだそのように認知されることは少なく、単に精神的にちょっとおかしいとかたづけられてしまうことも多かったと思います。70年代に入ると、録音もほとんどしなくなります。ロンドンのブラック・ライオンというレーベルで『The Man I Love』(1971年)というアルバムがあるくらいで、しかも、新曲はほとんどなく、昔の曲の再録音が多かったんです。その後はコンサートもあまり行われず、1982年に64歳で亡くなりました。

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『Thelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall』

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『Straight, No Chaser』

Coming Soon

「Peter Barakan’s LIVE MAGIC! 2021 ONLINE」

撮り下ろし映像に生演奏も楽しめるオンライン音楽祭!

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◎2021年10月23日(土)19:00〜 生配信 ◎〈アーカイヴ配信期間〉2021年10月26日(火)23:59まで

 今年も僕がキュレーターを務める音楽祭「LIVE MAGIC! 2021」が催されます。昨年に続き、オンラインでの開催です。ただ、昨年は過去の「LIVE MAGIC!」で撮りためた映像を編集してのご紹介でしたが、今回はどれも「LIVE MAGIC!」ために撮り下ろした映像でお送りします。では、今回の出演アーティストをご紹介していきましょう。

 この人をフォーク・シンガーと呼んでいいのかは微妙なところ。サム・アミドンの両親はフォーク・ミュージック界の住人で、彼も幼い頃からそういう歌を聴いて育ちました。ルーツっぽい、古いフォーク・ソングもよく歌いますが、他のジャンルのミュージシャンと組んだり、ちょっと変わった音を出すこともあったり、なかなかいいテイストを持っています。最新作は昨年出た『Sam Amidon』。ジャケットの写真ではよく分からないけど(笑)、現在40歳のアメリカ人です。このアルバムの「Maggie」や「Light Rain Blues」あたりを聴くと、曲そのものはトラディショナルだったりフォーク・ソングだったりするのですが、音の選び方や処理の仕方がすごく面白くて、独特の世界を生んでいます。そして、今日のオーディオ・システムで聴く彼の音楽は断トツにいいですね。新しい音楽が益々生きてきます。現在はイギリスに住んでいて、同じくシンガー・ソングライターのベス・オートンと暮らしています。

 テレキャスターの名人として知られるアーレン・ロスはニュー・ヨーク生まれの68歳です。今日は彼の2008年のアルバム『Toolin' Around Woodstock』を持ってきました。元ザ・バンドのリーヴォン・ヘルムがドラムズやヴォーカルでフィーチャーされています。アーレン・ロスと言えば、「Ballad of a Thin Man」のような、いかにもテレキャスター的なサウンドが得意で、また、スライド・ギターもすごく上手です。僕はスライド・ギターが好きで好きでしょうがない人間だから、何年も前から「LIVE MAGIC!」に呼びたいと思っていたんです。ただ、日本では如何せん知名度がそれほど高くありません……。この音楽祭では毎回同じ悩みを抱えていますが、今回はオンラインだから、渡航費や宿泊費はかからず、いわゆる報酬だけでいいわけだから、こりゃいい機会だと(笑)、映像を送ってもらうことにしました。彼はこれまで、ストーンズの曲ばかりをカヴァーしたり、バックに入っていたこともあるボブ・ディランやサイモン&ガーファンクルを特集したアルバムを作ったり、ソロ・アルバムもけっこう出していますが、どちらかというと人のバックを務めることのほうが多くて、ギタリストに好まれるギタリストの一人です。最近は、元ラヴィン・スプーンフルのジョン・セバスチャンと二人でアルバムを作っています。

 海外勢でもう一組、二人姉妹のラーキン・ポー(Larkin Poe)を紹介させてください。レベカとメガンのラヴェル姉妹はジョージア生まれ。妹のレベカがリード・ヴォーカルとギター、姉のメガンはコーラスとラップ・スティールを担当しますが、メガンのラップ・スティールがまた上手いんですよ。バンドの形態でやるときはかなりロックな感じだけど、二人だけでやるときはまた違った味わいで僕はすごく好きですね。「LIVE MAGIC!」用の映像は二人だけで登場する予定です。二人はまだ30歳そこそこですが、古いブルーズもやるし、ピンク・フロイドやフィル・コリンズのカヴァーもしています。僕が彼女たちを初めて見たのは、2016年にエルヴィス・コステロが人見記念講堂で行ったライヴの前座だったのですが、演奏を聴いた途端に「なにこれ!?」と引き込まれました。その後、単独で来日したときにも観て、これはぜひ「LIVE MAGIC!」に出てほしいという思いを強くしました。念願がかない、僕も嬉しく思います。

 日本からは、タブラの第一人者であるU-Zhaan、Ovallのドラマーでトラック・メイカー/プロデューサーとしても活躍するmabanuaのプロジェクト“U-Zhaan×mabanua”も映像を寄せてくれます。そして、大阪生まれの若手ギタリストKOYUKI、「LIVE MAGIC!」で唯一の皆勤賞ミュージシャン、濱口祐自は生演奏でお届けします。

 フィンガ・ピキングを得意とする弱冠二十歳のKOYUKIは、ラーキン・ポーと同じく自分たちが生まれる前の音楽をよく知っています。トミー・イマニュエルをはじめ、様々なタイプのギタリストを研究しているようですね。生演奏で聴けるのを僕も楽しみにしています。そしてなんと、ニュー・アルバムをまたしても自宅録音で作った濱口祐自の生演奏も、乞うご期待です。

 また今回は10月23日の生配信とは別に、もう少しライヴで盛り上がることができないかと思い、10月6日に「LM2021 EXTRA」を開催します。こちらには民謡クルセイダーズ、ジャム・バンドのMajestic Circus、故郷マリの音楽をギターやコラで演奏するママドゥー・ドゥンビアが出演、トーク・セッションには、いとうせいこうさんがゲストで登場しますが、この日の模様を編集して一部を23日にも配信します。「LM2021 EXTRA」は生配信のみ、10月23日の「LIVE MAGIC!」は生配信と10月26日(23:59)までのアーカイヴ配信も行います。応援、よろしくお願いします!

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PB’s Sound Impression

英国製スピーカー“Monitor Audio”の旗艦モデルなどを聴く
「現代のアーティストによる新しい感覚のサウンドも活き活きと再生するシステム」

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DYNAMIC AUDIO 5555の4階を担当する島健悟さん(左)

 東京・秋葉原の「ダイナミックオーディオ5555」4階の試聴室からお送りしたA Taste of Music Vol.39。最後はこのフロアを担当する島健悟さんとバラカンさんのミニ対談をお楽しみいただきます。バラカンさんの「LIVE MAGIC!」でもお馴染みのミュージシャン、濱口祐自さんの近況、そしてオーディオ界の最新事情など自由に語っていただきました。

濱口祐自のニュー・アルバム

PB 島さんはギターがお好きだと伺っています。ご自分で演奏もなさるのですか。

 はい、鼻唄を歌いながら少し。ギターというと、内田勘太郎さんとか、ブルース・ギターも好きですね。

PB そんな島さんに、今日はお勧めのCDを持ってきました。先ほどご紹介したように、今年も「LIVE MAGIC!」で生演奏を聴かせてくれる濱口祐自の新作『Homestead Blues 〜I was Born in Tanabe〜』です。

 濱口さんはアナログ盤を出したりして、オーディオ業界でも話題になっていたんですよ。でも、ギターはそんなに高くないものを弾かれているとか。

PB 全然高くないです。どこかのガレージ・セールで数千円くらいで買ってきたものを改造して弾いていたりします(笑)。

−−今回はまた自主製作に戻ったそうですね。

PB 濱口祐自はプロデューサーの久保田麻琴に見いだされ、過去の録音のリマスター『竹林パワーの夢』(2014年)を出してから、麻琴さんがプロデュースした『フロム・カツウラ』(2014年)、『ゴーイング・ホーム』(2015年)をコロムビアから発表しました。コロムビアの2枚は、アナログ・レコーダーや麻琴さんが持っているヴィンテージ・マイクを使って、サウンドもかなり凝って作っていましたね。『ゴーイング・ホーム』には、細野さんや伊藤大地も参加して話題になりました。ところがその後、濱口さんはまた自分のやりたいようにしたいと考えたのか、レコード会社を離れて活動しています。やはり南紀勝浦を拠点に、軽トラックに機材を積んで主に関西でライヴをちょこちょこと。たまに東京などにも来ますけど、彼は飛行機に乗らないので(笑)。本当に地道な活動を続けています。

 お若い頃は何をされていたんでしょう。

PB 家業である漁業が自分には合わないと、竹で作ったライヴハウスを10年以上やっていたらしいのですが、いまはお店も畳んでいます。生活の糧がどこにあるのか、よく分からない人なんですね(笑)。そして、このニュー・アルバムは自主製作。以前のように、自宅での録音となっています。ちなみにこのアルバムの購入方法は、彼のインスタグラムのページなどにアクセスして、彼の銀行口座にお金を振り込むと送られてくるという、極めて原始的なシステムとなっています(笑)。もちろん、彼のライヴ会場でも買えます。

 濱口さんの音楽はほとんど独学でしょうか。すごくセンスがいいなと思いました。

PB 濱口さんは意外と音楽の幅も広いんですよ。ブルーズやフォークといったルーツ・ミュージックも好きだけど、ジャズやクラシックもよく聴いています。いろんな音楽をよく知っているから、この人と音楽の話をすると止まらない。どんどん脱線もするし、面白いんですよ。自分のアルバムでも、スコット・ジョプリンの「The Entertainer」やエリック・サティの「Gnossiennes」(グノシエンヌ)あたりもカヴァーしていますね。かなり引き出しが多いんです。島さんは最初に濱口祐自の音楽を聴いてどう感じましたか。

 突如、日本人離れした感じで登場されたので、何者だろうと思いました。今回のアルバムはお一人で?

PB そうですね。コロナの影響もあるでしょうが、自宅で一人コツコツと作っていったようです。印象としてはすごく優しい音で、落ち着く感じがします。インパクトを求めれば物足りないかもしれませんが、ぼーっとして聴くにはとてもいい作品です。特にこのような時期に、疲れている人はいい気持ちになれると思います。ところで、コロナによって、ここに来るお客さんに変化はありましたか。

 コロナが始まった頃は、実は新規のお客さんがたくさんいらっしゃいました。

PB 家でいい音を聴いて過ごしたいと?

 はい。旅行にも行けないので、その分の予算をオーディオに費やしてくださったんですね。それも、年配のお客様だけではなく、40代から50代の方も多かったんです。

PB それはいまも継続していますか。

 そうですね。なかなかライヴにも行けなかったこともあり、ご自宅のオーディオを新しくして、いい音を聴きたいという方が増えているようです。

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濱口祐自『Homestead Blues 〜I was Born in Tanabe〜⁡』(CDの購入方法はこちらの公式サイトを参照してください)

ストリーミングも、よりいい音で

PB お邪魔している「ダイナミックオーディオ5555」は、7階までフロアがありますが、ここ4階の特徴は?

 スピーカー以外のアンプやプレイヤーは、日本の製品がメインとなっています。今日はアメリカのPlayback Designsというブランドで聴いていただきましたが、普段はEsoteric(エソテリック)やAccuphase(アキュフェーズ)、Luxman(ラックスマン)、TAD(テクニカル・オーディオ・デヴァイセズ)などをご試聴いただけます。
 当店では、お好みの音源を様々なブランドの組み合わせでお試しいただけます。音源の再生は、アナログからデジタルまで何でも対応しています。ファイル再生やストリーミング再生といったネットワーク・オーディオにも積極的に取り組んでおり、ハイレゾもここ10年ほど、ずっと追いかけています。

PB このフロアに来るお客さんも、そういうことに興味がある人が多いのですか。

 そうですね。元々そういうことに詳しい方も多いです。多くはありませんがレコード再生を断念される方もいらっしゃいます。

PB と言うと?

 目の問題などで、カートリッジを降ろすときに失敗してしまったりすると、「もういい。データやる」と。このところ、日本でもApple MusicやAmazon Music HD、mora qualitasといったハイレゾに対応したストリーミング・サービスが始まり、今後はさらに海外のサービスも日本で正式に利用できるようになることが予想されます。専用のネットワーク・プレイヤーを使えばいい音で、操作性もよく聴くことができます。先ほど、ラーキン・ポーやKOYUKIさんの曲を私のスマート・フォンでSpotifyの音源から選んで聴きましたが、このスマホはあくまでリモコンで、実際はここにあるネットワーク・トランスポートのEsoteric N-03Tがデータを受けています。

PB あ、そうなんですか。てっきりスマート・フォーンから飛ばしているのかと思っていました。それがただのリモコンだったのですね。

 はい。だから、圧縮音源のSpotifyでもかなりいい音でご試聴いただけたと思います。最近はいろんなストリーミング・サービスに対応したネットワーク・プレイヤーやトランスポートが発売されています。皆さん、なるべくパソコンレスにしたいというニーズが強いですね。

PB どんなシステムで聴くかはさておき、オーディオ好きの人たちにもストリーミング・サーヴィスが浸透してきているということですか。

 好きな音楽を自由にたくさん聴けるサブスクリプションは受け入れられていると思います。ストリーミングでまず聴いて、気に入ったらアナログも買うとか、そういう流れもありますしね。僕らとしてはこうした配信というスタイルも応援しています。古くからのお客さんの中には、ディスクが売れなくなることを心配する方もいらっしゃいますけれど……。

PB 僕もレコードの音が好きだし、ジャケットやライナー・ノーツなどの情報を眺めるのも好きだから、以前の形にこだわる気持ちも分からなくはありません。僕もおそらく、レコードや配信にないCDを手放すことはないでしょう。でも、時代は確実に変わっていきます。僕の仕事で言うと、いまは放送で配信の音源を使うことはできません。でも、配信会社とラジオ局が直接契約するようになれば、僕の仕事部屋ももう少しすっきりするでしょう(笑)。

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今日のシステムの印象は?

−−今日は、アメリカの新進ブランドPlayback DesignsのSACD/CDトランスポートMPT-8とDAコンバーターMPD-8にEsotericのセパレート・アンプを組み合わせ、Monitor Audioの”Platinum”シリーズのフラッグシップとなるスピーカーPL500 IIを駆動するというシステムでした。印象はいかがでしたか。

PB マンクを聴いているときは特に気付かなかったけど、サム・アミドンの新しい感覚のサウンドを聴いたら、俄然このシステムが生きてきたなと感じました(笑)。特にこの大きなスピーカーは音が立体的に聞こえます。

 いまのスピーカーで僕らが取り組んでいるのは、スピーカーの存在を消すということなんです。つまり、空間を作るということですね。音楽を作るエンジニアさんも、奥行きや高さにもこだわっているわけですから。

PB そう。本当に音の作り方が違うなと感じました。

 そう感じられるのが現代のスピーカーなんです。そして、ハイレゾを研究し始めたのも、エンジニアさんが作ったマスター音源に近い音を聴きたいと思ったからです。

PB 一方で、濱口さんのような自宅録音もありましたけど(笑)、そんな素朴さもいいですよね。

−−島さんは今日のシステムをどうお聴きになりましたか。

 Playback Designsは、元々プロ用機材を設計していたアンドレアス・コッチ氏が立ち上げたハイエンド・オーディオ・ブランドですが、やはり色付けのない音を聴かせていると思います。お化粧するオーディオもある中で、素の音をリアルに出してくれるのがこのブランドの良さだと思います。いろんなオーディオを経験して、分かって買う人が多いです。派手な音ではないけれど、録られたものを忠実に出すという、当たり前の仕事をきちんとしているメーカーですね。

−−Playback Designsのアンドレアス・コッチ氏は、SONYでDSD方式の開発を担当し、SACDの開発でもデジタル領域のエンジニアリングにおいて中心的役割を担った方ですね。では、イギリスのブランドであるMonitor AudioのスピーカーPL500 IIについてはいかがでしょうか。

 このスピーカーの価格が3,200,000円(ペア・税抜き)というのは企業努力の賜物と言えるでしょう。普通に考えたら、8,000,000円くらいしてもおかしくないほどのクオリティを持っています。Monitor Audioは、「この価格でこの音が出せるのか」とサイズの小さいクラスも評判がいいですね。ブランド名からはモニターっぽい音を想像するかもしれませんが、実はそうでもなく、音楽的な表現力もしっかり持っています。

PB ところで、こうした高価なシステムは、お客さんにどうお勧めするものなのですか。

 私個人はあまり自分の個性は出さないようにいたします。オーディオは趣味の世界ですから、お客様の好みを探りながらそれに合った組み合わせを考えて、それぞれにちゃんと背中を押して差し上げられるような言葉をしっかりと持っていることが仕事です。そのため、お客様の代わりに山ほど音を聴いておくことも必要です。もちろん使いこなしも含めてですね。

PB なるほど。

−−では最後に、お店から読者へのメッセージを。

 当店ではエントリー・クラスからスタンダード、ハイエンドまで、フロアごとに豊富なモデルをご用意しています。お好きな音源を聴きながら、お好みの音が見つかったら、そのブランドをよく知るために上位機種を聴いていただくこともできます。もちろん、来ていただいたその日にご購入いただく必要はありませんので(笑)、安心してご来店ください。僕が担当している4階はハイエンド・モデルが中心ですが、聴けば「おっ、すごい」と感じていただけると思います。初めてのお客様も、まずはお好きなCDを持って遊びにいらしてください。

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落ち着いた雰囲気で音楽に没頭できる4階奥の試聴室

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CDプレイヤーとして使用したPlayback DesignsのMPT-8(SACD/CDトランスポート:上)とMPD-8(DAコンバーター)。「DSDの開発にも貢献したアンドレアス・コッチ氏が設立したPlayback Designsの“Dream”シリーズは、彼が思い描く音を“究極のナチュラル・サウンド”として表現、デジタルの限界に挑んだ製品です」(ナスペックの木村直樹さん)

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パワー・アンプはEsoteric S-02

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コントロール・アンプはEsoteric C-02X

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Monitor Audioが新たなフラッグシップとして10年の歳月をかけて作ったというPL500 II。7つのユニットを高さ1.9mのキャビネットに、同軸の良さを仮想的に再現するバーティカル・ツイン方式でレイアウト。「音の奥行きや高さも上手く表現するのがこの方式のメリットです。深く沈み込むような低音も得られます」(木村さん)

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ハイレゾ・ファイルやSpotifyのストリーミング試聴でも使用したEsotericのネットワーク・トランスポートN-03T

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バラカンさんが持参したCD。このほか、e-onkyo musicのハイレゾ・ファイル、Spotifyでのストリーミングも。スティーリー・ダン『Katy Lied』は映画『ジャズ・ロフト』関連のミュージシャン、フィル・ウッズの参加作として試聴。

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取材にご協力いただいた皆さんと。後列は、ナスペックの安達初音さん、水次英二さん、木村直樹さん(右から)

◎今回の試聴システム

SACD/CDトランスポート◎Playback Designs MPT-8
DAコンバーター◎Playback Designs MPD-8
ネットワーク・トランスポート◎Esoteric N-03T
コントロール・アンプ◎Esoteric C-02X
パワー・アンプ◎Esoteric S-02
スピーカー◎Monitor Audio PL500 II

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オーディオ・ショップ
DYNAMIC AUDIO 5555

東京都千代田区外神田3-1-18
Tel.03-3253-5555
営業時間:11:00~19:00(定休日なし)*要予約
https://www.dynamicaudio.jp

東京・秋葉原の老舗オーディオ・ショップ「ダイナミックオーディオ5555」には7つのフロアがあり、ヘッドフォンなどを含むエントリー・クラスの1階から超ハイエンドまで、豊富なラインアップの音を各フロアで体験できる。
「“良い音”は、お客様それぞれです。音楽に何を求めるかによっても変わってきます。僕らの役割はお客様の好みを引き出しながら“良い音探しのお手伝い”をすることだと考えています。“自分の音を探す旅”を、ぜひ楽しんでいただきたいですね」(島さん)