A Taste of Music Vol.292018 11

Contents

◎Live Review
 
BOKANTÉ

◎Recommended Albums
 
Bert Jansch『s/t』, Duck Baker『Spinning Song - Plays The Music Of Herbie Nichols』, Ry Cooder『The UFO Has Landed』, Derek Trucks『Songlines』, Eric Clapton『Blues Breakers - John Mayall With Eric Clapton』, Otis Rush『This One's A Good 'Un』, Charlie Christian『Original Guitar Hero』, V.A. 『None But the Righteous: The Masters Of Sacred Steel』, The Staple Singers『The Ultimate Staple Singers A Family Affair 1955-1984』

◎PB’s Sound Impression
 
Artist Lounge TOKYO × ACOUSTIC REVIVE

◎Coming Soon
 
Mahan Esfahani Cembalo Recital
Celtic Christmas 2018

構成◎山本 昇

Introduction

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 今日は東京の新宿からほど近い初台のギター・ショップ「Artist Lounge TOKYO」にやってきました。壁一面にたくさんのギターが陳列されているこの空間は、アメリカのアクースティック・ギター・メイカー「テイラー・ギターズ」の専門店で、防音が施された静かな店内でゆったりと試奏できるそうです。オーナー店長のヒロ細沢さんは、僕も親しくしている小坂忠さんや小原礼さん、鈴木茂さんらのギター・テクニシャンとして彼らのツアーにも同行しているそうですね。というわけで、今回のA Taste of Musicは、僕が大好きなギタリストのお勧めのアルバムをご紹介します。そして、細沢さんにも後ほどお話を伺ってみたいと思います。

 さて、2018年の「Live Magic!」(10月20日・21日)も皆さんのおかげで無事終了しました。5年続けてきたこの音楽フェスティヴァルも、ようやく定着し始めてきたかなと感じています。ラジオの番組もそうですが、やるからには継続することが大事ですね。普通はそれほど注目されないような音楽を特集するプログラムは特にしぶとく続けていきたい。今回の「Live Magic!」はとにかく、音楽的なバランスも素晴らしかったし、お客さんも去年よりも多く来てくれて良かった!(笑)。

 どのアーティストもいい歌や演奏を聴かせてくれましたが、特に印象的なものを挙げるとすれば、まずはFLOOKのステージです。予想どおりではあるんですが、このインストゥルメンタル・フォーク・バンドの演奏力はすごかったですね。久々の来日公演だったから初めて聴いた人も多かったと思いますが、彼らを紹介できてよかったです。

 ノーム・ピケルニー&スチュアート・ダンカンも、バンジョーとフィドルだけで感激するくらいの演奏を聴かせてくれました。バンジョーのノームは実にさり気なく弾くから、楽器をやらない人からすれば簡単そうに見えるかもしれないけど、やっているのはとんでもないこと(笑)。「バンジョーでこんなことができるの?」っていうくらい、すごい演奏をやってのけていました。あれには参りましたね。

 2日目の冒頭に登場したエチオピアのファンク・バンド、デレブ・ジ・アンバサダーも、メンバー全員がバランスよく演奏を聴かせていて良かったな。ますます好きになりました。

 そして、何と言っても4年ぶりに登場してくれたジョン・クリアリーです。初日はピアノ・ソロで、翌日は彼のトリオにキーボード奏者のナイジェル・ホールを加えた編成でした。ジョン・クリアリーは、自分のほかにキーボード奏者がいるときはギターも弾きます。実はピアノを弾くようになる前からギターを弾いていたそうで、そういう意味ではドクター・ジョンと同じですね。ドクター・ジョンは銃で手を撃たれてしばらくギターが弾けなくなったからピアノを始めたんですが、ジョン・クリアリーの場合は、住んでいたニュー・オーリンズに素晴らしいピアニストがたくさんいたことが影響してピアノも弾くようになったんですね。ここ数年でまた弾くようになった彼のギターも素晴らしいです。フレージングにも独自の雰囲気があって、すごくソウルっぽい。昔のボビー・ウォーマックのような感じもあります。本人は、ジョニー・“ギター”・ワツンが好きらしく、そういうギターを弾くんですけど、今回のステージでは彼のそんな一面も観てもらえたと思います。ピアノもいいし歌もいいし、いい曲も作る。これ以上言うことないのに、どうしてこの人はそれほど有名じゃないんだろうと。2015年のアルバム『Go Go Juice』はグラミーの地域音楽部門賞を獲得するなど、アメリカの業界では認められているんですけどね。そのジョン・クリアリーは「日本のお客さんは世界一だね」と言って帰っていきました。

 今回は本当にみんな良かったですね。こんなにジャンルの違うミュージシャンがよくも集まってくれたわけですけど、観た人たちからはたくさんの喜びの声が届いています。来年も、この質を落とすことなく、いい音楽祭にしたいと思います。

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Live Review

9人編成のユニットが繰り広げた“知的なファンク”

BOKANTÉ at BlueNote TOKYO 2018.10.10-11

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2018年10月10日、ブルーノート東京でのステージから。[Photo by Tsuneo Koga]

 2017年の「Live Magic!」に、The New Stew(ニュー・ステュー)というグループが出演しました。いろんなジャム・バンドをやっている人たちがたまに集まる特別なプロジェクトですが、そのメンバーの一人にラップ・スティール・ギターを弾くローズヴェルト・コリアーがいました。元々はいわゆるセイクレッド・スティールというシーンから出てきた人で、一時期はThe Lee Boys(リー・ボイズ)というグループにも属していましたが、他にもいろんなプロジェクトに関わっていて、その中の一つがこのBOKANTÉ(ボカンテ)です。最近話題のスナーキー・パピーのリーダー、マイケル・リーグが率いるグループでもありますね。そんな彼らが10月にブルーノート東京で来日公演を行いました。

 僕は10日のファースト・ステージを観たのですが、ちょっと不思議な編成で、ヴォーカルとラップ・スティール、ベイスに、ギタリストとパーカッショニストが3人ずつ加わった総勢9人。マイケル・リーグはベイシストですが、このバンドではギターを弾いています。ブルーノート東京では、ステージ上手にギタリストが3人、同じく下手にパーカッション奏者が3人並んで、真ん中にベイシストとヴォーカリストがいて、ラップ・スティール・ギターのローズヴェルト・コリアーはギタリストたちの前に座っていました。パーカッショニストの一人は、小川慶太というニュー・ヨークを拠点に活動している日本人で、彼はスナーキー・パピーにも参加しています。そのほかのメンバーもそれぞれいろんな国からやって来ていて、非常に国際色豊かな顔ぶれとなっています。ヴォーカルのマリカ・ティロリエンという女性はカリブ海に浮かぶグアドループというフランス語圏の島の出身ですが、クレオール語だけで歌うから何を言っているのかはまったく分かりません。そんなエクゾティックな雰囲気の歌が乗るこの音楽がどんなものかを説明するのは難しい(笑)。ファンキーな感覚もあって、聴いていると身体が自然と揺れてくるんだけど、非常に緻密な編曲で、きっちりと組み立てられているようでもある。言うなれば「知的なファンク」という感じでしょうか。ベイスを担当したルイス・ケイトウというミュージシャンを以前、ジョン・スコーフィールドなどのバックではドラマーとして参加しているのを観たことがありました。バックステージで会ったときに、「ドラムとベイス以外の楽器も弾けるの?」と尋ねてみたら、「うん、いろいろできるよ」と当たり前そうに言っていました。何がメインの楽器なのかは分からないほど(笑)、ベイスもすごく上手でした。

 では、BOKANTÉが2017年に出したアルバム『Strange Circles』から「Nou Tout Sé Yonn」を聴いてみましょう。この曲でも3人のパーカッショニストがそれぞれに違うフレーズを違う楽器で演奏していますが、すごくうまく組み合わされていますよね。そのあたりは、実際にライヴを観ないと分からないことかもしれません。そして、マイケル・リーグはエレキ・ギターのほか、電気ウードも弾いています。ライヴでも披露していましたが、それもいい音でした。ちょっとほかにはない味わいのあるバンドで、とても面白いライヴでしたね。お客さんの反応も良かったですよ。そして、彼らの新しいアルバム『What Heat』では、オランダのメトロポール・オルケスタというクラシックではない楽団と一緒に録音しています。

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『Strange Circles』

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Recommended Albums

イギリスのフォーク・シーンでお勧めのギタリスト

Bert Jansch『Bert Jansch』

 ここからは僕がお勧めするギタリストのアルバムについて語っていきたいと思います。まずはかつてのフォーク・シーンで活躍したバート・ヤンシュが1965年に発売したデビュー・アルバム『Bert Jansch』を取り上げます。僕も高校生のときにアクースティック・ギターで必死にコピーしたアルバムで、イギリス盤がどこかにあるはずですが、今日は国内盤を持ってきました。この中から、A面の最後の曲「Needle Of Death」を聴いてみましょう。これは、ヘロインで死んでしまった彼の友達のことを想って作った曲です。そんなに難しくは聞こえないと思うんですけど、キーはFだったかな。高校の先輩がギターの弾き方を教えてくれたんです。ご存知のように、Fがキーだと人差し指をバレーしながらいろんなコードを弾かなければならないから死ぬほど難しくて。でも、あとで考えたらカポを使えばよかったのかも(笑)。無駄な苦労をした可能性がかなりありますね。それはともかく、バート・ヤンシュは素晴らしい曲を作るし、ギターもめちゃくちゃ上手い。彼は1943年、つまり戦時中にスコットランドのエジンバラで生まれました。地元の小さなフォーク・クラブでギターを弾き始めて、その後、活動拠点をロンドンに移しました。このデビュー・アルバムは、プロデューサーだったビル・リーダーの自宅の台所でRevoxの2トラックのオープンリールのテープ・レコーダーで録音したらしいのですが、十分にいい音で録れていますね。

 当時のイギリスのフォーク・シーンでは、この人の前にデイヴィ・グレアムというギタリストがいました。ちょっと変わり者でもあった彼は、アクースティック・ギターの弾き手として革命的な奏法を編み出しました。そこにはフォークだけじゃなく、ブルーズやジャズ、北アフリカの音楽などいろんな要素が盛り込まれていて、当時のどんなギタリストが聴いてもぶっ飛ぶようなミュージシャンでした。その影響を受けながら、少しあとにデビューしたのがバート・ヤンシュやジョン・レンボーンといったイギリスのギタリストです。『Bert Jansch』に収録されている「Smokey River」は、おそらく独特なチューニングで弾いている画期的なインスト・ナンバーです。曲の終わりに、アメリカのジャズ・ミュージシャンでサックス/クラリネット奏者のジミー・ジュフリーの「The Train And The River」のリフを引用しています。このアルバムではまた、デイヴィ・グレアムの持ち歌である「Angie」もカヴァーされています。この曲はそのほかたくさんの人にカヴァーされていて、ポール・サイモンもデビュー・アルバムでこれを弾いていますね。

 バート・ヤンシュの強みは歌が上手かったことでしょう。ギター演奏に加えて曲作りも上手いし、作詞もこなす。歌も淡々としているようで、エモーショナルな一面があり、どうやら母性本能をくすぐるところもあったようで、女性の人気も高かったんですよ。ちなみに、デイヴィ・グレアムもギターはすごいけど、歌は今一つでした。その後、1967年にバート・ヤンシュとジョン・レンボーンはペンタングルというフォーク・ロック・バンドを結成して、ソロの頃よりも有名になってツアーもよく行っていました。なかなか面白いバンドでしたが、いまとなってはやっぱりこのアルバム『Bert Jansch』が好きですね。

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『Bert Jansch』

夭折したジャズ・ピアニストのカヴァー・アルバム

Duck Baker『Spinning Song - Plays The Music Of Herbie Nichols』

 もう一人、アクースティック・ギター奏者を取り上げましょう。アメリカのミュージシャンのダック・ベイカーは、先ほどのバート・ヤンシュより6つほど若いギタリストです。僕が彼のことを初めて知ったアルバムが1996年に出た『Spinning Song - Plays The Music Of Herbie Nichols』です。今日はこの中から4曲目の「Nick at T's」を聴いてみましょうか。

 アルバムのジャケットに写っているのは、ハービー・ニコルズというアメリカのジャズ・ピアニストです。セローニアス・マンクにも通じるような、ハーモニー的にちょっと変わった感じの曲を作る人で、1950年代の半ばにブルーノートから10インチのアルバムを何枚か出しましたが、白血病のため44歳の若さで亡くなりました。『Spinning Song~』は、そのハービー・ニコルズの音楽を、ダック・ベイカーがアクースティック・ギターでカヴァーしたものです。ピアノの曲をギターに置き換えるのは、相当に難しい作業だと思いますが、彼は見事にやってのけています。バービー・ニコルズは当時、誰もが知るミュージシャンではありませんでした。1960年代のその頃は、セローニアス・マンクがようやく認められようとしている時期です。マンクにしても、40年代の後半から活動していますが、当初は「ピアノが弾けていない」とか、ひどいことを言われていました。

 ハービー・ニコルズは、マンクほどの変わり者ではないけれど、普通からは逸脱するハーモニーを多用していたから、ちょっと難しいと思われていたのでしょう。でも、いま聴くととてもいいピアノであることが分かります。

 以前、ラジオの番組にダック・ベイカーが来てくれたとき、フランス人シンガーのマヌ・チャオの「Bongo Bong」という曲をかけていたら、「これと同じタイトルの曲を知ってる?」と言うんです。彼の話によると、ロイ・エルドリッジというスウィング・ジャズのトランペット奏者の「The King Of Bongo Bong」という曲があって、ダック・ベイカーも1977年のアルバム、その名も『The King Of Bongo Bong』でこの曲を取り上げています。その後、アナログ・レコードをわざわざアメリカから送ってくれたのでよく覚えています。彼のギターは一言で言って、とにかく上手い。実際にライヴを観ると、テクニックはすごいしリズム感も良く、聴いていて楽しいんです。上手くて、さらに「ほかにない」という要素も持ったミュージシャンですね。彼は現在、69歳でイギリスに住み、まだまだ元気に自主制作でCDも出し続けています。また来日したら、ぜひ観たいですね。

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『Spinning Song - Plays The Music Of Herbie Nichols』

スライド・ギターに画期的な奏法をもたらした研究家

Ry Cooder『The UFO Has Landed』

 続いてはライ・クーダーです。僕は彼の音楽を初めて聴いてぶっ飛んで、ギターを弾くのはもうやめようと思いました(笑)。あまりにも先が長すぎると思わされたからです。今日持ってきたのは編集盤の『The UFO Has Landed』。「How Can You Keep Moving (Unless You Migrate Too)」を聴いてみましょう。セカンド・アルバム『Into The Purple Valley』の1曲目に入っている曲で、このレコードのA面に針を落としたとたんに、こんなすごいスライド・ギターが流れてきたので驚きました。当時の僕はアクースティック・ギターしか持っていませんでしたけど、ボトル・ネックも練習もしていて、簡単なブルーズならそこそこ弾けるようにはなっていたんです。この曲も弾いてみたいなと思ったのですが、チューニングが分からない。プロのギタリストからすれば、それほど不思議でもないチューニングだったのかもしれませんが、僕はもう最初からお手挙げ状態になってしまって(笑)、ギターを弾くのを諦めてしまいました。それくらい、ライ・クーダーにはとてつもないミュージシャンだという印象が強いんです。ボトル・ネックのテクニックもさることながら、彼はギターをものすごくクリーンに弾くんですね。弦のノイズがほとんど出ない。スライドにしても、そのきれいな音に惚れ惚れしてしまいます。そして、取り上げているのは1920~30年代の曲も多くて、編曲をかなり変えてロックっぽくしたりするんですけど、僕もこの人のおかげでアメリカのルーツ・ミュージックを知ったようなものなんです。ヴォーカルは、上手いというよりは味のある歌という感じですが、僕はずっと大好きで、「Live Magic!」にもなんとか呼びたいミュージシャンの一人です。ちなみに、彼の息子のホワキン・クーダーはドラマーとして活動していて、この編集盤の選曲も彼が行っています。

 ライ・クーダーというミュージシャンはものすごく研究肌の人なんですね。ブルーズやフォークの曲を取り上げても、編曲によって自分だけのものにしてみたり、ギターのフレージングにしても独特なものがあります。いま聴いた1972年の曲も、さり気なく弾いていますけど、あの時点でこんなスライド・ギターを弾いていた人はほかにいないんですよ。本当に画期的な存在でしたね。当時のスライド・ギターと言えば、ブルーズのシーンではロバート・ジョンスンやサン・ハウスなどミシシッピ・スタイルのボトル・ネックを聴かせる人たちがいましたし、エレキ・ギターでのスライドならマディ・ウォーターズらがいましたが、それほどテクニック的にすごくなくても、十分に雰囲気のある演奏として聴くことができました。でも、この『Into The Purple Valley』を聴いたときは本当にびっくりしました。

 彼のすごさは演奏だけではなく、選曲でも光っています。僕らのような当時の若者たちに、例えばウディ・ガスリーの歌を最初に聴かせてくれたのも、ボブ・ディランではなくライ・クーダーだったと思います。また、『Into The Purple Valley』ではドリフターズの「Money Honey」というR&Bを取り上げていますが、これも1950年代の曲だから、このアルバムで初めて知った人は多かったはずです。その他にも、レッド・ベリーやジョニー・キャッシュを取り上げたりして、選曲もすごく面白かったんです。それも、ロックが好きな当時の若者を違和感なく引き込むような演奏で聴かせてくれるんですね。音楽学者のようなところもあるから、真面目すぎると感じる人もいるかもしれませんが、僕にとっては最もお世話になったミュージシャンの一人です。『Into The Purple Valley』のほかにも、『Paradise and Lunch』(1974年)や『Chicken Skin Music』(1976年)、1980年代なら『Get Rhythm』(1987年)など、彼にはいいアルバムがたくさんあります。

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『The UFO Has Landed』

”微分音”も表現するスライド・ギターの天才

Derek Trucks『Songlines』

 ここでぐっと世代は若くなって、デレク・トラックスについてお話ししたいと思います。デビュー・アルバムの『The Derek Trucks Band』(1997年)を出したときはまだ10代だった彼ですが、来年はもう40歳になります。13歳くらいから自身のバンドで演奏活動を続けてきたギタリストです。僕は彼のことをスライド・ギターの天才だと思っています。彼が影響を受けたのは、自分の叔父さんであるブッチ・トラックスがドラマーとして参加していたオールマン・ブラザーズ・バンドのドゥウェイン・オールマンやエリック・クラプトンなど。そもそもデレクという名前はデレク・アンド・ザ・ドミノーズから取って名付けられました。デレクが物心を付いたときから、それらの音楽を聴いていたそうです。いまだにジョー・コッカーのライヴ・アルバム『Mad Dogs & Englishmen』の世界が理想の音楽だと考えています。確かに、奥さんのスーザン・テデスキをリード・ヴォーカルに据えたいまのテデスキ・トラックス・バンドも12人の大所帯で、それに近いグループと言えます。このバンドの前にやっていたデレク・トラックス・バンドは当初、インストのバンドでした。アルバム『Songlines』(2006年)からはヴォーカリストが加わりましたが、今日はその中から、4曲目のちょっと長いインスト「Sahib Teri Bandi - Maki Madni」を聴いてみましょう。ブルーズ、ロック、ジャズ、ゴスペル、フォーク、レゲエなど、本当にいろんな音楽を吸収しているデレクはインドの音楽の微分音にも興味を持っています。彼のスライド・ギターで特徴的なのは、そうした半音単位では表せない音を弾いていることで、この曲などはその最たるもの。2分くらいあるイントロをぜひ聴いてみてください。

 このアルバムが出る2年前の2004年に、デレク・トラックス・バンド初の来日公演が行われました。デレクのことは以前から知ってはいましたが、渋谷クアトロで観たそのライヴはもう、のっけからぶっ飛ぶなんてものじゃなかったんです。こんなギターを聴いたことがない。バンドとしてまとまっていて、メンバーはみんな終始笑顔を絶やさず、ものすごく楽しそうに演奏していたんです。いま聴いた「Sahib Teri Bandi - Maki Madni」もやっていて、まだアルバムは出ていなかったけれど、インドっぽいイントロからすごい曲だなと印象に残りました。そして、リズムが入ってくると会場内の空気が弾けるようなって……。本当に素晴らしいライヴでしたね。あのライヴを観て、僕はこのバンドのローディになりたいと思ったくらいで(笑)、それほど惚れ込んでしまいました。

 その後、『Songlines』が出て、「Sahib Teri Bandi - Maki Madni」がパキスタン人の大歌手であるヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの曲のメドリーだと分かったのですが、そういう曲を取り上げてスライド・ギターで弾こうという発想が面白かったし、とにかく演奏がすごい。彼こそ、ほかにはいないタイプのギタリストですね。いまは奥さんのヴォーカルがメインになっているから、もうちょっとデレクのギターも聴きたいと思うときもあります。彼はドゥウェイン・オールマンのゴールド・トップのレス・ポールも持っていて、時々それを取り出して弾きますが、基本的にはギブソンのSGを多用しています。ピックを使わず指だけで弾くスタイルで、音の強弱の表現も上手いんですね。ヴォリュームを目一杯にしているから、繊細な音で小さく鳴らしても、すごく力があるんです。決して爆音でやる人ではなく、エフェクターもあまり使っていないようです。もちろん、普通の弾き方もしますが、彼の天才ぶりが発揮されるのは、やはりスライドで演奏しているときだと思います。最初の来日公演でその才能を披露したとき、彼はまだ25歳でした。ドゥウェイン・オールマンがバイクの事故で亡くなったのは24歳のことだから、才能が顕れるのに歳を重ねる必要はないということかもしれません。

 現在、彼らは新しいアルバムを作っていて、そろそろ来日公演に関する発表もあるのではないでしょうか。デレクはいま、すごいヒゲを蓄えて、旧約聖書に出てくる人みたいになっています。最初に見たときはスラッとした印象だったんですけど、身体もけっこう大きくなりましたね(笑)。

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『Songlines』

弱冠二十歳のクラプトンが披露した独自のギター・スタイル

Eric Clapton『Blues Breakers - John Mayall With Eric Clapton』

 続いてはエリック・クラプトンです。折しも、彼のこれまでの生涯を綴ったドキュメンタリー映画『エリック・クラプトン~12小節の人生~』が公開中ですね。僕が最初にエリック・クラプトンのギターを聴いたのはヤードバーズでしたが、彼をソロのギタリストとして意識したアルバムがジョン・メイヤール&ブルーズ・ブレイカーズの『Blues Breakers - John Mayall With Eric Clapton』(1966年)です。このレコードは当時買ったものだから、もう50年以上経っています(笑)。ジャケットに写っているクラプトンはまだ二十歳そこそこの頃ですね。裏ジャケの彼の写真が当時の若者に与えた影響も絶大で、ギターのヘッドに煙草を挿していることと、シャツのカフツ・ボタンを絞めないことは、アルバムが出たとたんにみんなが真似していました(笑)。ではこのアルバムから、A面の頭から2曲を続けて聴いてみましょう。

 1曲目の「All Your Love」で、すでに「もう参りました」という感じですけど、次の「Hideaway」もすごい。もう何100回も聴いたアルバムだから、どのフレーズも脳裏に焼き付いているけど、いま聴いてもやっぱりすごい(笑)。「Hideaway」のオリジナルはフレディ・キングですが、元は素朴な曲なんですよ。それを1966年にこの演奏でぶちかましたクラプトンは本当にすごいと思います。こういうギターのインプロヴィゼイションをするブルーズ・バンドは当時、ほかにも存在はしていたかもしれないけど、一般的にはだれにも知られていない時代なんです。「All Your Love」はオーティス・ラッシュの曲で、彼はブルーズ・フェスティヴァルでイギリスに来てはいたものの、相当なブルーズ好きでなければ知らない存在でした。圧倒的に多くの人はエリック・クラプトンのギター・スタイルによってこのあたりの曲を初めて聴いています。

 このアルバムが出てから52年が経ちましたが、クラプトンもまだ現役で、2019年の5月にはロイヤル・アルバート・ホールで3日間のライヴも行うそうです。最近は手を痛めたりして、ギターを弾けない状態が続いていたのですが、復帰できたようで良かったです。

 映画『エリック・クラプトン~12小節の人生~』は2時間を超えるかなり長尺なドキュメンタリーで、若い頃から現在までのクラプトンが描かれています。彼の1970年代~80年代はアルコール中毒がひどかったんですね。当時のレコーディング・セッションはどこか投げやりな印象で、60年代のクラプトンを聴いた耳には、「なんか物足りない」といつも感じていました。この映画では、そうした時期のことも本人が赤裸々に語っています。普通はそういう事実は認めても、自ら時間を費やして語る人はあまりいないはずなので、珍しいと思いました。あまりにもひどかったから、自分と同じようになりそうな人に対する戒めとして話したかったのかもしれません。薬物・アルコール依存症治療のためのリハビリ施設「クロスロード・センター」をカリブ海のアンティグア島に設立したくらいですからね。意外なほど、そっち方面の話が多かったですが、演奏シーンもいろいろあるし、クラプトンの音楽が好きな人も十分に観る価値がある映画です。

 映画のパンフレットには、僕の文章が少し載っていて、「エリック・クラプトンを語る上で外せない20曲」といったテーマで選んだ曲について書いています。やはりブルーズの曲が多くて、ビッグ・ビル・ブルーンジーやマディ・ウォーターズ、バディ・ガイ、そしてもちろんオーティス・ラッシュも。また、関わりのあったデレイニー&ボニーやJJ・ケイルの曲も取り上げました。そしてもう一つ、クラプトンに影響を与えたのがザ・バンドです。クリームで活動していたとき、まるっきり正反対の雰囲気を持ったザ・バンドの『Music From Big Pink』を聴いて、後にルーツ・ミュージックと呼ばれるようになるサウンドにクラプトンは目覚めて、このバンドのメンバーになりたいと思うくらいに衝撃を受けたそうです。

 あとはジミ・ヘンドリックスの曲も入れました。デレク・アンド・ザ・ドミノーズの『Layla and Other Assorted Love Songs』で「Little Wing」をカヴァーしていますね。それから、アリーサ・フランクリンも入れました。アリーサのセッションに1曲だけ、クラプトンも参加しているんです。クリームの2作目『Disraeli Gears』(1967年)のレコーディングでニュー・ヨークのアトランティック・スタジオを訪れたとき、アリーサもちょうどアルバムの録音をやっていたんですね。アトランティックの社長であるアーメット・アーティガンもクラプトンを気に入っていたので、彼をアリーサのスタジオに招いたら、ちょうどブルーズっぽい曲をやっていたそうで、ギター・ソロを促されるのですが、彼女の存在があまりにも強烈でびびってしまい(笑)、納得できる演奏ができなかったそうです。でも翌日、アリーサがいないスタジオでオーヴァー・ダビングし直したら、今度はばっちり上手く演奏できたというエピソードが残っています。

 ウィルソン・ピケットの「Hey Jude」も入れました。ビートルズの1968年のシングル曲のカヴァーには、オールマン・ブラザーズ・バンドを結成する前のドゥウェイン・オールマンが、マスル・ショールズのスタジオ・ミュージシャンとして参加していました。クラプトンはラジオでウィルソン・ピケットの「Hey Jude」を聴いて「このギターはすごい」と思い、まだ無名のミュージシャンだったドゥウェイン・オールマンの存在を知り、後に「Layla」で共演を果たすわけですが、その種が蒔かれたのがこのカヴァーだったんですね。

 若い音楽ファンには、デレク・アンド・ザ・ドミノーズやクリーム時代のクラプトンを聴かずに、1992年に『Unplugged』がヒットしたときにアクースティック・ギターを聴く姿をMTVの映像で観て初めてを知ったという人がけっこういます。「Layla」もアンプラグドで演奏されましたが、オリジナルの後半のピアノと二人のギターが延々と続く部分はカットされています。だから、オリジナルを知らない人が聴いたら全然違う曲だと思うかもしれませんね(笑)。まぁ、時代も違うから仕方ありませんが、今回取り上げた『Blues Breakers - John Mayall With Eric Clapton』は聴いていない人も多いようですので、ぜひお勧めしたいですね。ちなみにドキュメンタリー映画のサウンドトラックは2枚組で、ヤードバーズやジョン・メイヤール&ブルーズ・ブレイカーズ、クリームなどのほか、ソロ作品やビートルズの「While My Guitar Gently Weeps」といったセッション参加曲も収録されています。

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『Blues Breakers - John Mayall With Eric Clapton』

シカゴ・ブルーズに斬新な奏法をもたらした革命児の一人

Otis Rush『This One's A Good 'Un』

 クラプトンらにも大きな影響を与えたブルーズ・ギタリスト、オーティス・ラッシュが9月に亡くなりました。ここではクラプトンのところで聴いた「All Your Love」のオリジナルを、聴いてみましょう。アルバムは編集盤の『This One's A Good 'Un』です。先ほどのカヴァーより10年前の1956年頃の録音です。クラプトンのときでさえ、画期的と言われた演奏の基となったのがこれですね。シカゴ・ブルーズは1940年代の後半から徐々に形になっていきましたが、そうした中でいきなりとんでもないギタリストが登場したという感じだったわけです。

 この人とほぼ同時期にバディ・ガイとマジック・サムも、同じくコブラという小さなレーベルからデビューしました。3人とも1930年代半ばの生まれですから、二十歳そこそこ。それまでのシカゴ・ブルーズと言えば、マディ・ウォーターズやハウリンク・ウルフら1910年代に生まれたミュージシャンが活躍していて、どちらかというと大人の音楽という感じでした。彼らはミシシッピやルイジアナ、アラバマといった ディープ・サウスで若い時期を過ごして、大人になってからシカゴに出てくるんですね。最初に彼らが作ったのは、戦前から南部にあったブルーズを電気楽器でやったようなものだから、リズムは都会的になりますけど、基本的にはまだ土臭いブルーズでした。そこにいきなり、彼らのような若い世代が出てきたわけです。

 同じシカゴ・ブルーズでも、例えば単音のかなり派手なギターを弾いたり、バディ・ガイにしてもオーティス・ラッシュにしても高い音域を使ったエモーショナルなヴォーカルを披露したりしました。それ以前のブルーズとは明らかに一線を画した感じのもので、たまたま出演したクラブの場所から、俗にウェスト・サイド・ブルーズと言われた彼らの新しい音楽スタイルに、当時のリスナーはびっくりしたことでしょうね。たぶん、特に若い世代が面白く感じたんだろうと思います。最初はすべてシングル盤で出ていて、初めてLPになったのは1969年のことですが、この当時もすごく話題になりました。ちなみにオーティス・ラッシュは、B.B.キングの影響を最も受けていると言えるでしょう。B.B.キングは彼らより前に、1950年代の初頭からもっと派手なギターを弾いていますね。オーティス・ラッシュは後に、B.B.キングの曲をライヴでたくさん演奏しています。

 僕がブルーズを聴き始めたのは1967年頃ですから、それ以前のものは遡って聴いていったわけですが、そういうタイムラインを調べたりすると面白くて、ハマり出したら切りがありません(笑)。

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『This One's A Good 'Un』

ジャズ・ギターにソロを持ち込んだ早世のギタリスト

Charlie Christian『Original Guitar Hero』

 ジャズ・シーンからも一人、チャーリー・クリスチャンを取り上げたいと思います。コンピレイション・アルバム『Original Guitar Hero』の日本盤ボーナス・トラックから「Rose Room」と「Waiting For Benny」を聴いてみます。「Waiting For Benny」は、楽団のリーダーであるベニー・グッドマンが現れるのを待つ間にやっていたジャム・セッションだと思います。そして、1939年に録音された「Rose Room」を選んだのにはわけがあります。

 チャーリー・クリスチャンは結核を患い、とても若くして亡くなりました。彼が登場するまで、ジャズにおけるギターはリズム楽器の一つでした。1930年代のスウィング・ジャズで、例えばカウント・ベイシーのバンドにはフレディ・グリーンという有名なギタリストがいましたが、彼もリズムに徹しています。こういうギター・ソロを弾いたのは、たぶんチャーリー・クリスチャンが最初だと思いますね。初のエレクトリック・ギタリストかどうかは微妙ですが、それを弾いたごく初期のギタリストであることは間違いありません。チャーリー・クリスチャンのギターはアクースティックですが、ピックアップが付いていたようです。

 1939年頃のこと、当初は出身地のオクラホマで活動していたチャーリー・クリスチャンに、ある男が会いにやってきました。メアリー・ルー・ウィリアムズというピアニストが、ベニー・グッドマンのプロデューサーであるジョン・ハモンドに「オクラホマにすごいギタリストがいるから聴くべきだ」と伝えると、大金持ちのジョン・ハモンドは大きなクルマで、ニュー・ヨークからオクラホマに出向いたんですね。そこでチャーリー・クリスチャンの演奏を聴き、「確かにこいつはすごい」と、彼を自分のクルマに乗せて、L.A.で楽団のリハーサル中だったベニー・グッドマンの許に連れ出して引き合わせます。そのとき、チャーリー・クリスチャンがどぎつい色の派手なスーツを着ていたため、彼と対面したベニー・グッドマンはあまりいい印象は持たなかったそうです(笑)。ハモンドが「彼に何か弾かせてみよう」と促すと、ベニー・グッドマンはちょっとしたいたずらを思い付きます。あえてチャーリー・クリスチャンが知らなそうな「Rose Room」という速いテンポの曲を始めるんですね。2コーラスくらいやってから、「さあ弾いてみろ」とチャーリー・クリスチャンのほうを指差すと、彼は何コーラスにもわたってとんでもなくクリエイティヴなギターを弾きまくったそうです。その演奏にはみんなが感服して、その場でメンバーとして受け入れられたということなんですね。しかし、とても残念なことに、その後、チャーリー・クリスチャンは結核で体調を崩して入退院を繰り返し、戦時中の1942年に25歳で亡くなりました。だから、彼の音楽はあまり残されていなくて、こうしたコンピレイション・アルバムのほかは、ハーレムの小さなクラブで戦時中に録音されたものがブートレグで出ているくらいしかありません。その中には、セローニアス・マンクをはじめ、後のモダン・ジャズを形作るミュージシャンたちがカジュアルな感じで集まったジャム・セッションなんかもあり、それにチャーリー・クリスチャンも参加していて、これまたすごい演奏を聴かせています。本人名義のオリジナル・アルバムは1枚もないけれど、本当に画期的な演奏をしていたギタリストでした。

 戦前から、だれも想像したことのないようなギターを聴かせたのは、チャーリー・クリスチャンのほかはフランスで活動したジャンゴ・ラインハルトくらいしかいなかったのではないでしょうか。少なくとも、エレクトリック・ギターでソロの道を切り開いたのはチャーリー・クリスチャンだと思います。僕も大好きなギタリストの一人として紹介させていただきました。

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『Original Guitar Hero』

“セイクレッド・スティール”を特集した編集盤

V.A. 『None But the Righteous: The Masters Of Sacred Steel』

 先ほど、ライヴ・レヴューのコーナーで、BOKANTÉでラップ・スティール・ギターを弾くローズヴェルト・コリアーをセイクレッド・スティールのシーンから登場したミュージシャンと紹介しましたが、そのセイクレッド・スティールを特集した『None But the Righteous:The Masters Of Sacred Steel』というアルバムがあります。その中から、オーブリー・ジェントの「Amazing Grace」を聴いてください。このスティール・ギターはすごいでしょう? そもそもセイクレッド・スティールとは、アメリカ南部の一部の教会、ペンテコステ派の中のさらに小さな宗派ですが、その教会で、ピアノやオルガンの代わりにスティール・ギターで演奏されるゴスペル・ミュージックのことです。デレク・トラックスも大好きなセイクレッド・スティールは、かなり古くから存在してはいたようですが、一般的には全く知られていませんでした。1997年に、アーフーリー(Arhoolie Records)というレーベルが出したコンピレイション盤『Sacred Steel: Traditional Sacred African - American Steel Guitar Music In Florida』が話題になったことがきっかけとなって多くの音楽ファンに認知されるようになりました。2002年にローパドープ(Ropeadope Records)から出たこの『None But the Righteous:The Masters Of Sacred Steel』は、“メデスキ、マーティン&ウッド”のジョン・メデスキが監修したコンピレイションで、当時日本盤も発売されました。聴けばだれもがびっくりするような音楽で、もちろんゴスペルと言うからには調子のいい音楽なのは分かるけど、スティール・ギターでやるゴスペルという組み合わせに最初は目から鱗でしたね。

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『None But the Righteous: The Masters Of Sacred Steel』


深いトレモロが特徴的なポップス・ステイプルズのギター

The Staple Singers『The Ultimate Staple Singers A Family Affair 1955-1984』

 ゴスペルの話をしたところでもう一つ、ステイプル・シンガーズの『The Ultimate Staple Singers A Family Affair 1955-1984』をご紹介したいと思います。曲は1956年の「Uncloudy Day」に注目してほしいのですが、このギターは至ってシンプルなものです。でも、この音を一度聴いたら絶対に忘れません。後のギタリストにものすごい影響を与えたサウンドでもありますね。ステイプル・シンガーズはそのギタリスト、ポップス・ステイプルズが子供たちと結成した家族グループです。ポップス・ステイプルズはハウリン・ウルフと同世代で、やはりミシシッピの出身です。テレキャスターと思われるギターに、トレモロを深くかけた独特のサウンド。ゴスペルで、これだけブルージーなギターを弾く人は1950年代にはだれもいなかったと思います。それだけでも画期的な要素だったし、とにかくこのサウンドを出せるのは彼しかいないんですよ。このギターを聴けば、だれもが「ポップス・ステイプルズだ」と思うわけです。先ほどのライ・クーダーのほか、このサウンドの影響を受けた人はかなり多いはずです。いわゆる名人とかテクニックとかはさておき、こういうユニークなサウンドを持つこと自体の面白さについて考えさせられますね。

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『The Ultimate Staple Singers A Family Affair 1955-1984』

Coming Soon

注目のスーパー・チェンバリスト、マハン・エスファハーニのリサイタル

2018年12月10日(月)
すみだトリフォニーホール 大ホール

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Mahan Esfahani

 ちょっと楽しみにしているコンサートが12月に開催されます。イラン人チェンバロ奏者のマハン・エスファハーニが、すみだトリフォニーホールにやってきます。僕はバロックの音楽が好きなのですが、そうした音楽ではピアノの代わりにチェンバロがよく使われています。あのヴォリュームの小さい繊細な音、それも、弾いて音が鳴るまで僅かにディレイする感じがなぜか好きなんですよ(笑)。ピアノという楽器は弾いた途端に音が出るから当然、演奏も速くなるわけですよね。それに比べて、チェンバロのあの独特のゆったりした感じがとても好きなんです。いまの時代、バロックの曲をやるためにチェンバロを弾く人はいますけど、マハン・エスファハーニはチェンバロしか弾かないそうで、それもなんだか面白い。たまたま『ニュー・ヨーク・タイムズ』に彼のことを書いた記事が掲載されていたのを読んで興味を持ったところに来日することを知って、これはぜひ観に行きたいなと思ったんです。演目も、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」のほかは、スティーヴ・ライヒの「ピアノ・フェイズ」とマイケル・ナイマンの「チェンバロ協奏曲」という現代の音楽であることも興味深いですね。

バラカンさんのトーク・ショーも!「ケルティック・クリスマス 2018」

2018年12月8日(土)
すみだトリフォニーホール 大ホール/小ホール

「チェンバロ・リサイタル」の2日前の12月8日(土)には、同じくすみだトリフォニーホールで毎年恒例の「ケルティック・クリスマス」が今年も催されます。今回の出演者はアイルランドのアルタン、スコットランドのカトリーナ・マケイ&クリス・スタウト、カナダのジ・イースト・ポインターズ、そして同じくカナダのステファニー・カドマンで、これら出演者には本番前のトーク・ショーで僕が軽くインタヴューすることになっています。とても楽しいイヴェントですので、こちらもよろしければ観に来てください。

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Altan

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Stephanie Cadman

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Catriona Mckay & Chris Stout

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The East Pointers

PB’s Sound Impression

Artist Lounge TOKYOでギター・シールドを聴き比べ
「シールド1本でここまで音が変わるとは驚きですね」

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PB さて、ここからはArtist Lounge TOKYOのヒロ細沢さんにお話を伺ってみようと思います。僕らの世代はみんなギターが好きで、僕も11歳くらいの頃にセルマーのアクースティック・ギターを弾いていました。セルマーと言うと管楽器で有名なメイカーですが、ジャンゴ・ラインハルトもここのギターを使っていました。僕が弟と一緒に買ってもらったのは本当にビギナー向けのすごく安いモデルだったんですけどね。数ヵ月ほどレッスンに通ったけど、けっこう指導が厳しくてつまらなくなってしまって(笑)。それよりも、ビートルズの楽譜を買ってきて、TAB譜を見ながらリフを弾いたり、コードを弾いたりしているほうが楽しかったんですね。そうこうしているうちにフォーク・リヴァイヴァルの時代なのでフォーク・ソングの曲集なども買って、コードもわりと簡単だし、そんなに頑張らなくてもレコードを聴きながら弾けるようにはなりました。細沢さんはいつ頃からギターを始めましたか。

細沢 僕は中学1年くらいからですね。1970年頃、大学生の兄がブルーグラスのバンドをやっていて、マーティンのD-28を持っていたんです。

PB 僕もそれと同じものを後に手に入れました。

細沢 それを借りて弾きながらコードを覚えていきました。

PB いきなりD-28からですか。それはすごいな(笑)。

細沢 結局、ギターの腕はそれほど上達しませんでしたが、当時住んでいた家の近くに楽器の卸しをしている店があり、そこで売り物にはならない傷物のギターをもらってきて直したりしているうちに、ギターを弾くことより、いじるほうに興味が出てきたんです。まだ中学生でしたが、友達のギターを改造したりしていました。大学卒業後はレンタル楽器の会社に就職しようと思ったのですが、手に職を持っていたほうがいいと聞かされ、ギターのリペアの勉強をしようと思い立ちました。当時は日本にはそんな学校もなく、探してみたらアメリカのアリゾナ州のフェニックスにRoberto-Venn School of Luthieryという専門学校でギター製作を教えているところがありましたので、そこに通うことにしました。プレーするほうは諦めて、ギターをいじりたくてこの業界に入ったわけです。

PB ただ、いじるにしても、ある程度は弾けないと音が分からないですよね。

細沢 そうですね。やはり中学時代に熱中して練習したことは、少しは役に立っているのかなとは思います。

PB 僕もギターは本当に下手だったけど、ちょっとでもかじったことがあれば上手いギターのことが少しは理解できるような気もします。

細沢 僕もたまたまマーティンといういいギターが身近にあったことで、音の善し悪しが意識できるようになりました。そして、いつかこれに対抗できるギターを作りたいと思わせてくれました。ここの入り口の壁に飾ってある12弦ギターは、フェニックスの学校で学んでいるときに作ったものなんですよ。

PB 12弦ですか。

細沢 はい。なぜか12弦の音が大好きで。アメリカの音楽にはけっこうよく使われるんですよね。アメリカ人ではありませんが、デイヴ・メイスンあたりもよく聴いていました。

PB 12弦と言えば、レッド・ベリーやリオー・コッキーとか。

細沢 そうですね。あと、バンドのアメリカもそうですね。それで、1981年のある時、バークレーの楽器店で、マーティンか何かの12弦ギターを買おうと探していたら、店員に勧められたのがテイラーのギターで、それがこのブランドとの出会いでした。まだ、テイラーの社長がクルマにギターを積んで全米を売り歩いていた頃のことですね。その後、私は楽器のレンタル・販売、そしてリペアを行うレオミュージックに就職しました。

PB レオミュージックは「Live Magic!」も毎年お世話になっています。

細沢 こちらこそ、ありがとうございます。

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Artist Lounge TOKYOのオーナー店長、ヒロ細沢さん。長く楽器の販売やリペアに携わり、2004年からはTaylor Guitars初となる邦楽アーティストの担当に就任。HOTEI、コブクロ、福山雅治、MIYAVIなど多くのアーティストをサポート。また、ギター・テクニシャンとして小坂忠、鈴木茂、小原礼、西慎嗣らのライヴにも帯同している

PB テイラーが日本に入ってきたのはいつ頃からですか。

細沢 ヤマハさんが代理店になってテイラーを扱うようになったのが2004年のことで、レオミュージックでもレンタルを始めましたが、日本ではまだ一般的にはほとんど知られていませんでした。ギタリストの佐橋佳幸さんはニュー・ヨークで中古を手に入れて愛用していたんですけれど。

PB 現在はいかがですか。

細沢 アメリカでのアコギのシェアは55%となっています。ステージでの使用率も非常に高いです。日本でも若い女性を含め、ご愛用いただいているミュージシャンも増えていますね。

PB 僕もメイカー名は知っていましたが、誰が使っているかは思い浮かばないかな。いまはどんな人が使っていますか。

細沢 テイラーは、使用しているミュージシャンで宣伝することはあまりしていないのですが、あのテイラー・スウィフトさんもユーザーの一人で、彼女の場合はシグネチャー・モデルも発売しています。やはり若いミュージシャンが多いですね。メーカーに特にこだわらず、弾きやすいギターを選ぶ人が増えていると感じます。テイラーのアコギには、その多くに優秀なピックアップが内蔵されていますから、ライヴでの使用を考えてもいちばんの選択肢になっているようです。ボディとネックを外せる構造なので、弦高の調整がしやすいのも特徴です。テイラーは歴史が浅い分、いま作っているものが最高なんだという革新的な作りを行っていて、マーティンやギブソンのように、伝統を重んじるのとは全く方向が異なっているんですね。

PB ここArtist Lounge TOKYOはどのような経緯でスタートしたのですか。

細沢 これまでの経験を生かして、テイラー・ギターの素晴らしさを日本の皆さんにも知ってほしいと、2017年にオープンさせました。いまのところプロ・ミュージシャンの方が中心ですが、ご予約をいただければどなたでも、最大2時間までロックアウトして試奏いただけます。ギターはもちろん、エフェクターの一つから、じっくり時間をかけてチェックしていただければと思っています。また、このようなステージがありますから、小さなライヴやイヴェントも開催しています。ACOUSTIC REVIVEさんのケーブル類の評判も非常にいいですね。こういう環境では音の善し悪しがよく分かるんですが、特にいま使っているギター用のシールドには皆さん驚いています。

石黒(ACOUSTIC REVIVE) ここでちょっと、シールドによる音の違いを聴いてみませんか。

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細沢さんの演奏で、ギター用シールドを聴き比べ。左はACOUSTIC REVIVEの石黒謙さん

細沢(アコギを手にステージで)まず、これがよく使われるアメリカのメーカーのシールドです。次に、ACOUSTIC REVIVEのGB-TripleC-FMというシールドに変えてみます(同じフレーズを演奏)。

PB ほう、こんなに違うんですか。

細沢 GB-TripleC-FMのほうは、弾いた音がすべて出てくれているという感じです。弦の音を自然に拾うテイラーのピックアップ・システムにもすごくよく合うんですよ。

PB なるほど。確かに全然違いましたね。すごく深みのある音になりました。考え方はオーディオのケーブルと同じですか。

石黒 同じです。単線なので、楽器用のシールドとしてはちょっと硬めなんですけどね。

PB 実は今日、ここにくる前にたまたま観ていたのがニュー・ヨークのグレニッヂ・ヴィレッジにあるギター・ショップのドキュメンタリー映画『カーマイン・ストリート・ギター』だったんです。ジム・ジャームッシュが自分のギターを直してもらいに訪れたりするんですが、とても面白い映画です。ニュー・ヨークの古い建物が解体されると、木材をもらってきて、ちょっと傷んだ木も含めてそれでギターを作っているんです。すごく個性的なギター・ショップですね。

細沢 ああ、聞いたことがあります。ライヴハウスや酒場など、歴史的な建造物を材料にしているんですよね。

PB そうそう。ギター好きには堪らない映画だと思います。ところで、先日、Webでフェンダーの社長の話を読んだんですが、その記事によると最近はギターを買う人は女性のほうが多いそうですね。

細沢 そうですね。僕も若い女性の購買力の高さは感じています。また、50歳を過ぎた女性が「ギターを弾いてみたい」と、初心者向けのモデルを探しに来られることも多いんですよ。圧倒的に女性のほうの意欲が強いようです(笑)。

PB そういう時代なのかもしれませんね。

細沢 バラカンさんにお勧めのモデルもございますので、試奏されてはいかがですか。

PB ハハハハ。もうずっと弾いていないからね。でも、僕はいまから始めるのなら、ラップ・スティールを弾いてみたいかな。あれも奥の深そうな世界ですけどね。まぁでも、やっぱり僕は上手い人の演奏を聴いて、それをラジオで紹介するという役割でいきましょう(笑)。

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「ここはいいところでしょ?」と、ライヴのための軽い打ち合わせにひょっこり現れたのは15年ほど前からテイラーを愛用しているという小坂忠さん(中央)

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ギター・ショップながら、寛いで音楽を聴くこともできるArtist Lounge TOKYO。店内のステージではライヴやトーク・イヴェントも開催されている

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ステージ脇に設置されている音楽用のスピーカーはJBL 4312A

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スピーカーはACOUSTIC REVIVEの特注スピーカー・スタンドと、天然水晶粒子で振動を減衰するクォーツ・アンダーボードRST-38Hで支えられている

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プリアンプのMARANTZ Model 3200(上)とパワーアンプのCROWN D150(下)

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アナログ・レコード・プレーヤーはDENONのDP-37F

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CDプレーヤーAURA vividが故障中のため、PROTEK BEX BSD-M2HD(DVDプレーヤー)を使用

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ACOUSTIC REVIVE初のギター・シールドGB-TripleC-FMは当店を訪れるミュージシャンの評判も上々とのこと

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電源周りをはじめ各種ケーブルにはACOUSTIC REVIVEの高性能モデルが多数採用されている

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壁一面に陳列されたテイラーのアクースティック・ギター。「テイラーには12フレット・ジョイントという日本人にも弾きやすいネックの短いタイプもラインナップされています。楽器は身体に合ったサイズを選んでいただきたいですね。その方が上達も早いですよ」と細沢さん

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リペア・コーナーの壁にも楽器が。上段左は若き日の細沢さんが作った12弦

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Artist Lounge TOKYOの皆さんと。左はテイラー認定リペアマンの竹内嘉利さん、右はアシスタントの細沢佳生さん

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この日の試聴ディスク

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◎主な試聴システム

パワーアンプ:CROWN D150
プリアンプ:MARANTZ Model 3200
スピーカー:JBL 4312A
アナログ・レコード・プレーヤー:DENON DP-37F
カートリッジ:DENON DL-65
DVDプレーヤー:PROTEK BEX BSD-M2HD(臨時使用)

テイラー・ギター専門店
Artist Lounge TOKYO

国内最多クラスの在庫数を誇るTaylor Guitars専門のギター・ショップは試奏環境も抜群。経験豊富なギター・テクニシャン、Taylor認定リペアマンが常駐する。京王線初台駅北口から徒歩3分。

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住所:東京都渋谷区本町1-53-11 cubicM B1F
Tel.:03-6300-0460
メール:info@artist-lounge.com
営業時間:11:00-20:00(要予約)
定休日:不定休
https://artist-lounge.com/

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