A Taste of Music Vol.172016 12

by NASPEC
image Contents

◎Featured Artist
 
Mose Allison 
 

◎Recommended Albums
 
Mose Allison『The Way Of The World』,
『Allison Wonderland Anthology』

 
Leonard Cohen『You Want It Darker』

◎Coming Soon
 
CHARLES LLOYD & THE MARVELS featuring BILL FRISELL with REUBEN ROGERS & ERIC HARLAND

構成◎山本 昇

Introduction モダンな雰囲気も感じさせたアイルランド音楽の生演奏

 今回のA Taste of Musicは、東京の新富(中央区)にある「on and on」というオーディオ・ショップからお届けします。さて、僕は11月に渋谷のduo MUSIC EXCHANGEで「THE MUSIC PLANT 20周年記念コンサート」を観てきました。THE MUSIC PLANTは、主にアイルランドを中心とした伝統音楽をプロモーションしてきた野崎洋子さんという方のオフィスです。その事業20周年を記念したライヴには、彼女が最も力を注いできたアイルランドのルナサ、スウェーデンのヴェーセン、そしてグリーンランドの若者でナヌークの3組が出演しました。演奏はいずれもアクースティックで、トラディショナルに根ざしたものでありながら、モダンな雰囲気も持った躍動感のある音楽で、どれも素晴らしいものでした。

 まず、ルナサというグループは、アイルランドのトラディショナルな曲と彼らのオリジナルを演奏しました。木のフルート、イリアン・パイプスなどと呼ばれるアイルランドのバグパイプ、フィドルにアクースティック・ギターとウッド・ベイスという編成です。ファースト・アルバム『Lúnasa』を出したのが1998年ですから、もう20年くらいのキャリアがあり、素晴らしい演奏力を持っています。一般的にはあまり知られていないかもしれませんが、アイルランドの音楽が好きな人たちの間では十分に認知されているグループで、アルバムも7枚ほど出しています。アップ・テンポの曲ではテクニックの高さを感じさせますし、スローな曲では感情のこもった演奏が実に素晴らしい、オールマイティなアイリッシュ・ミュージック・バンドです。楽器はすべてアクースティックだけど、ある意味ではロックでもある。そして、先ほど言った「モダンな雰囲気」はルナサの場合、おそらくギターとベイスが入っているからでしょう。

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ルナサ


 本来はバンド編成のナヌークは、今回はクリスチャンとフレデリックのエルスナー兄弟によるアクースティック編成での演奏を披露しました。ギターでの弾き語りはポップさも感じさせます。ただ、その歌なのですが、何と言っているのか僕にはさっぱり分かりません。“これは一体何語で歌っているのかな?”と思って、MCのときに客席から聞いたら、グリーンランド語という、ちょっと珍しい言語だと教えてくれました。曲もわりと西洋的で、違和感なく聴くことができ、いい印象を持ちました。一方でトラディショナルな感覚もあるのですが、それがケルトのものかというとそうでもない。広く英語圏の音楽というか、70年代のシンガー・ソングライター的な雰囲気もちょっとあるように思いました。

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ナヌーク

 そして、最後に登場したヴェーセンはアクースティック編成の3人組です。彼らも長く活動しているグループで、僕はCDで聴いたことはあったんですが、ライヴを観るのは初めてでした。彼らの楽器は少し変わっていて、5弦ヴィオラ、12弦ギター、そしてニッケルハルパというヴァイオリンが化けたような楽器を演奏します。ニッケルハルパは、弦がたくさん張ってあって、しかもキーを押さえながら弓で弾くというもので、スウェーデンを中心とした北欧で親しまれている伝統楽器です。彼らも曲はすべてインストゥルメンタル。やっている音楽の種類は“ポルスカ”と呼ばれているそうですね。僕の印象ではアイルランドの音楽のちょっと遠い親戚という感じで、さらにクラシックの要素もあるようです。ライヴで観る彼らもすごく躍動感があって、演奏はメチャクチャ上手い。CDで聴くよりも生で観るほうがノリの良さが感じられます。ちょっと飄々とした感じの3人なんですが、とても素晴らしくてビックリしました。

 この種のコンサートでは、ルナサとヴェーセンが一緒に観られるというのはかなり贅沢なプログラムですから、会場に集まったお客さんもすごく満足していました。ではここで、ルナサのアルバム『The Story So Far…』(2008年)から「Morning Nightcap」を聴いてみましょう。今回のオーディオは、Cambridge Audioというイギリスのメーカーです。

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ヴェーセン

 実はこの曲を使って、アニメのキャラクターがルナサと同じ編成で演奏するシーンを収めた動画あるんですが、これが指の動きまでぴったり合っていてちょっと不思議な感じでした。彼らの日本公式サイトでも観られます。聴いてのとおり、ドラムは入っていないのに、ご機嫌なリズムを感じますが、これがギターとベイスの役割でもあるわけですね。そして、イリアン・パイプスの独特な演奏法。時折聞こえる「ッン、ッン」という詰まったような音は、フィンガリングやドローン(管)の端を太ももに当てたり浮かせたりするテクニックによるもので、普通のバグパイプとは仕組みも異なり、全く違う表現が可能なんですね。とても面白いです。

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オーディオ・ショップ「on and on」で行われた今回のA Taste of Musicでは、CDに加えストリーミング・サービス“Spotify”も試聴

Featured Artist UKロック勢にも影響を与えたジャズ・ブルーズ界の大御所 Mose Allison

 今年も世界からミュージシャンの訃報が相次ぎましたが、つい先日の11月15日にモーズ・アリスンが89歳で亡くなりました。彼が生まれ育ったのはミシシピの田舎町。1927年生まれですから、デルタ・ブルーズの最盛期に白人の子供として過ごしました。小学生の頃にはまだ、ロバート・ジョンソンだって近くで生きていたはずですから(笑)、そういう音楽を耳にして育ったと考えられます。ミシシピ大学やルイジアナ州立大学へ進学し、ジャーナリスティックな視点を持つようになるモーズ・アリスンはその後、ジャズで活動する多くのミュージシャンがそうであるようにニューヨークに移りますが、子供の頃に接したブルーズの感覚が理屈を超えたところで身に付いているようです。そうした彼の初期のレコードを、イギリスで聴いていた若者たちがいました。ヴァン・モリスン、ジョージィ・フェイム、ピート・タウンゼンドといった人たちです。彼らはモーズ・アリスンを崇拝していたんですね。白人でありながら、スウィングしてブルーズを歌えるということが、イギリスの若いミュージシャンにも影響を与えていたんです。

 僕はヴァン・モリスンもジョージィ・フェイムも大好きなんですが、彼らがわりと早くからモーズ・アリスンの曲を採り上げてすごく高く評価していたことがきっかけで、僕もモーズを聴き始めました。大人の感覚で観察して、そこにちょっとした皮肉を込めて伝えるというやり方が、とても洒落ている。こうしたタイプの表現は僕の好みでもあり、その最たるものがモーズ・アリスンでしたね。地味な存在ではありますが、とても重要な人物です。完全なブルーズでもなければ、完全なジャズでもない。そのちょうど中間くらいの領域で、独自の立ち位置を築いた人でもあります。その意味で、モーズにいちばん影響を受けたのはベン・シドランでしょう。まさに同じようなことをやろうとしています。ユーモアの感覚も非常に似ています。思えば、ジョージィ・フェイムとベン・シドランはA Taste of Musicの第1回目で紹介したミュージシャンですが、彼らとヴァン・モリスンの3人、さらにモーズ・アリスン本人も参加したトリビュート盤『Tell Me Something:The Songs Of Mose Allison』(1996年)も出ているんですよ。

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モーズ・アリスン Photograph © Michael Wilson

Recommended Albums Mose Allison『The Way Of The World』 軽やかにスウィングし歌う独特のスタイル

 そんなモーズ・アリスンが出した最後のアルバムが、2010年の『The Way Of The World』です。プロデューサーはジョウ・ヘンリ。ロサンジェレスで独自の活動を続けている人ですね。その彼が、ドイツで毎年開催されている音楽祭でモーズ・アリスンに出会って、アルバムの制作を持ちかけるんですが、最初は断られたそうです。「これまでたくさんのレコードを作ったけど、どれも大して売れていない。いまさらその数を増やしても意味がないだろう」と(笑)。確かに、大きなヒット曲があるわけではなく、どちらかというと通好みのミュージシャンかもしれません。それでもジョウ・ヘンリはしつこく、モーズの奥さんともやりとりをしながら、最終的には説得に成功しました。そうして出来上がったのは、実際に素晴らしい作品です。このアルバムにはジョウ・ヘンリがよく起用しているLAの腕利きミュージシャンたちが参加しています。中でも、グレッグ・リースというピカイチの弦楽器奏者が加わることで、いつものモーズ・アリスンのレコードに比べて音の幅が広がっています。モーズも、このアルバムのために新曲をいくつか書いていて、それがまたいいんですよ。では、実際に音を聴いてみましょう。

 1曲目の「My Brain」は、50年代ブルーズの有名曲でリトル・ウォルターのヒットで知られる「My Babe」をもじったものです。メロディやコード進行はそのままに、“1時間に1,200個のニューロンが減ってく”と、自分が呆けていくのも時間の問題だと歌っています。そんな皮肉っぽい感じや独特のウィットでクスッとさせるところこそモーズ・アリスンらしさで、昔から世の中の出来事や人間関係などいろんなことを、ちょっと斜に構えた観察眼で綴っていくというスタンスの人なんですね。歌い方はブルージーだけど軽い。軽やかにスウィングするようなスタイルです。ピアノも、ブルーズとモダン・ジャズが交ざったような独特の演奏スタイルを持っていました。ときどきサックスやギターが加わることもありますが、基本的にはピアノ・トリオでずっとやってきたミュージシャンです。50年代の半ば頃から活動をスタートしていますから、60年近いキャリアがあったわけですね。

 モーズ・アリスンはこの『The Way Of The World』を出したあと、2012年5月にブルーノート東京で来日公演を行いました。観ていると、ちょっとピアノを弾く手がおぼつかないところがあったり、歌詞を忘れてしまったり、まさに「My Brain」の展開になり始めているのかなと思ったのですが、とうとう89歳で……。まぁしかし、大往生ですよね。

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『ザ・ウェイ・オブ・ザ・ワールド』ソニー・ミュージック EICP-1355

Recommended Albums Mose Allison『Allison Wonderland Anthology』 ミュージシャンたちがこぞってカヴァーする人気曲を含むベスト

 今日は、ライノ・レコードから出ているレーベルを超えた2枚組のベスト盤『Allison Wonderland Anthology』(1994年)を持ってきましたので、その中からも少し聴いてみましょう。彼のファースト・アルバム『Back Country Suite For Piano, Bass And Drums』に入っている「Back Country Suite: Blues」は、「Young Man's Blues」として知られている人気曲で、ザ・フーが1970年に出した有名なライヴ・アルバム『Live at Leeds』の1曲目でカヴァーされています。そして、モーズ・アリスンも初期の作品では他の人が作った曲をカヴァーしています。「Lost Mind」は、ルイジアナの有名なソングライターであるパーシ・メイフィールドの曲。ブルーズの曲もけっこう採り上げていますね。

 そして、1957年のアルバム『Local Color』に収録された「Parchman Farm」は、ブッカ・ワイトの同名曲にインスパイアされてモーズ・アリスンが作ったとされる人気曲で、ミシシピ州にある悪名高い刑務所のことを歌っています。この曲を聴いても分かるように、ブルーズと言ってもとても洗練された感じの編曲で、1950年代の後半にこの味わいは独特だったと思います。ちなみに、「Parchman Farm」はジョージィ・フェイムもカヴァーしていますね。「Your Mind Is On Vacation」も、モーズの有名曲の一つで、“君の理性は休暇中。でも、口は残業している”というのは、いかにもこの人らしい表現です。「I Love The Life I Live」は、1957年にマディ・ウォーターズが出したシングル曲で、やはりモーズがカヴァーして、そのヴァージョンをまたジョージィ・フェイムがカヴァーしたこともあり、いまでは有名な曲ですね。

 今日のオーディオ・システムは、Spotifyの試聴もできるようになっていますので、そこからモーズ・アリスンをカヴァーしたミュージシャンも聴いてみましょう。ボニー・レイトがアルバム『Takin' My Time』(1973年)でモーズの「Everybody's Cryin' Mercy」を採り上げていますが、これもすごくいいんですよ。モーズのヴァージョンは『I've Been Doin' Some Thinkin'』(1968年)に入っています。“偽善”をテーマにしたもので、かなり痛烈な皮肉がこもっています。ちなみにこの曲の歌詞については、僕が今年出した本『ロックの英詞を読む─世界を変える歌』で詳しく解説していますので、興味がある方はぜひ読んでみてください。それにしても、Spotifyが便利なのは、こうやって関連作もどんどん辿っていけるところですね。『Tell Me Something:The Songs Of Mose Allison』もすぐに見つかりました。そして、先ほどお話しした「I Love The Life I Live」が入っているジョージィ・フェイムの『Fame At Last』(1964年)もあります。このとき彼はまだ21歳くらいですけど、すでに歌い方がモーズにそっくりで、ほとんど物真似に近いですね(笑)。

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『Allison Wonderland Anthology』

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タブレット端末で行えるSpotifyの操作画面

Recommended Albums Leonard Cohen『You Want It Darker』多くのアーティストに愛された“詩人”による最後の作品

 モーズ・アリスンが亡くなる少し前の11月7日には、カナダのシンガー・ソングライターであり、作家でもあるレナード・コーエンの訃報もありました。10月には新作『You Want It Darker』が発売されたばかりでしたが、ほとんど詩の朗読のようなタイトル曲「You Want It Darker」をはじめ、このアルバムを聴くと、彼は自分が間もなくこの世を去ることが分かっていたのではと思わせます。歌詞を読んでも、ほとんどの曲にそんな雰囲気があるんです。実際に、妙なタイミングでの発売となってしまいました。生前、本人はSNSで「いや、私はいつまでも生きるんだ」とも語っていましたが、いまとなってはそれも冗談に近いものだったのかもしれません。カリフォルニアの“Mount Baldy Zen Center”という施設に入所して禅僧になってもいたレナード・コーエンは、死に対する怖さがなかったかもしれず、このアルバムでも神に向かって「私は準備ができています」と、淡々としています。

 レナード・コーエンは歌手でもあるけれど、どちらかというと詩人でソングライターと捉えるほうがしっくりくるような気もします。そんなイメージからか、日本ではさほど知名度はありませんが、世界的には彼の音楽を高く評して、自らの作品で採り上げるミュージシャンや歌手は多く、もっと言えばそうした人たちに愛される存在だったんですね。いまSpotifyで検索しても、いろんな人たちが彼の曲をカヴァーしているのが分かります。そして、とにかく女性にものすごく人気があったようですね。彼の許には女性がどんどん寄ってくる。スピリチュアルな一面も持っていて、本人も決して恋愛が嫌なことでもなかったようですけれど(笑)。

 モーズ・アリスンもそうですが、レナード・コーエンはデビューしたのはちょっと遅いんですね。ファースト・アルバム『Songs Of Leonard Cohen』を1967年に発表したとき、彼はもう33歳になっていました。カナダの生まれで、ギリシャへ渡り、その後アメリカに戻ってデビューすることになります。ボブ・ディランと同じく、あのジョン・ハモンドがレナード・コーエンのことを聞きつけてオーディションしたんですね。そのとき、レナードはチェルシー・ホテルにいて、客室のベッドに座ったまま数曲披露すると、ジョン・ハモンドはすぐに「レコードを作ろう」と言ったそうです。時期が時期だけに、「次のディラン」と一部で騒がれたりしたようですが、当時はアクースティック・ギターを持って歌えば誰でもそう言われるような時代だったはずだから、本人にとってはありがた迷惑な話だったかもしれません。

 僕が最初にレナード・コーエンを聴いたのも、ロンドンの友達に聴かせてもらったこのファースト・アルバムで、「Suzanne」や「Hey, That's No Way To Say Goodbye」といった曲はよく知っていました。2枚目の『Songs From A Room』(1969年)の「Bird On The Wire」も印象に残っていますが、当時の僕にとっては必ずレコードを買うアーティストではなかったんです。その後、テレビ番組『Poppers MTV』をやっているときに、『Various Positions』(1984年)に入っている「Dance Me To The End Of Love」を放送しました。なかなか面白いモノクロのビデオだったんですが、視聴者からの反響がすごく良かったんです。レナード・コーエンというと、アクースティックな音作りをする人というイメージだったけれど、こういうコンテンポラリーな曲も作るんだなと思ったものです。とは言え、その後も全部聴いてきたかというとそうでもなくて(笑)、ちゃんと聴くようになったのは2000年代になってからのことです。特に、『Old Ideas』(2012年)、『Popular Problems』(2014年)、そして今回の『You Want It Darker』はいちばんよく聴いているアルバムです。

 先ほどお話ししましたように、レナード・コーエンは禅僧という一面も見せていましたが、民族的にはユダヤ人であり、宗教的にはユダヤ教徒であって、一貫してその世界観を持っていました。だから、新作の1曲目「You Want It Darker」の“You”とは、言うまでもなく神のことでしょう。その神から、「あなたの時間はもういっぱいだ」と言われているんですね。このあたりが彼の詩人としての素養を感じされる部分かもしれません。

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『ユー・ウォント・イット・ダーカー』ソニー・ミュージック SICP-5076

Coming Soon 理屈抜きに美しいその音を生で体験する絶好の機会 CHARLES LLOYD & THE MARVELS featuring BILL FRISELL with REUBEN ROGERS & ERIC HARLAND 2017年1月12日(木)〜14日(金)

 A Taste of Music Vol.12でご紹介したチャールズ・ロイドが、新作『I Long To See You』の発売から1年経って、いよいよグループでの日本公演をブルーノート東京で行います。来日メンバーは、アルバムに参加した面々がほぼそのまま。スライド・ギターのグレッグ・リースが来ないのはちょっと残念ですが、ギタリストのビル・フリゼルは参加します。ライヴでは、スタジオ録音とはまた違った感じを聴かせてくれると思いますから、いまから楽しみです。

 チャールズ・ロイドも78歳という年齢ですが、このようなレコードを作るというのは若いというか何というか……。こういうレコードって、チャールズ・ロイドのほかではあまり見当たりません。一応、ジャズ作品ではあるけれど、採り上げている素材はボブ・ディランなどのフォーク、賛美歌、子守歌などさまざまです。二人のギタリストを起用するという編成もちょっと特異で、企画としても非常に新鮮味のあるレコードなんですよ。普通、これくらいの年齢に達したミュージシャンは、自分の守備範囲の中だけでやる人が圧倒的に多いと思います。その意味で、チャールズ・ロイドは78歳にしてなお、彼にとって新しいものに挑戦し続けています。僕はそんな演奏の美しさに打ちのめされました。前回もお話ししたように、今年の初めに『I Long To See You』を聴いて、おそらく僕にとってこれを超えるアルバムは出ないだろうと思ったら、やはりそのとおりになりました。2016年、断トツのベスト1がこのアルバムです。選定理由は、この5人の相性の良さもさることながら、理屈抜きに美しいこの音ということに尽きます。例えば4曲目の「Shenandoah」を聴くと、このゆっくりとしたテンポで、これだけの一体感で情感を込めて、しかも繊細な演奏はすごい。決して難しいことをやっているわけではないけれど、聴き手に与える印象はものすごく強いはずなんですね。とにかく、この来日公演は、僕も必ず観に行きたいと思っています。

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「Spotifyはライブラリーが豊富に揃っているところはさすがで、ないものも少しはありますが、だいたいの曲は見つかります」とバラカンさん。高校生のときに初めて聴いたというチャールズ・ロイドの『Dream Weaver』(1966年)を発見。「このアルバムには、若き日のキース・ジャレットやジャック・ディジョネットが参加しています。〈Sombrero Sam〉は最新作『I Long To See You』(右)で、雰囲気をガラッと変えて再演していますが、それらをすぐに切り替えて聴けるのも、こうしたストリーミング・サービスの面白いところですね」

PB's Sound Impression いいオーティオで愉しむストリーミング配信 「音楽好きにとっては願ってもない環境ですね」

 A Taste of Music Vol.17は、東京・新富町駅または八丁堀駅から徒歩5分ほどの場所にあるオーディオ・ショップ「on and on」にて、イギリスのオーディオ・ブランドCambridge Audioからチョイスしたシステムで試聴しました。こうした優れたオーディオ・システムが、採り上げた音楽の素晴らしさを語るバラカンさんをより饒舌にしてくれていることは間違いありません。ロンドンに拠点を置くCambridge Audioは、リーズナブルでありながら、“サウンド・ファースト”の企業フィロソフィに基づいて、英国伝統の上質な音質を提供するメーカーとして知られていますが、バラカンさんにとって“ブリティッシュ・サウンド”とはどんなイメージなのでしょう?

「音楽に関して言えば、例えばイギリスのスタジオで制作されたプログレ・サウンドなどには独特なものがあり、アメリカのスタジオで録ったものとは違うテイストがあるように感じます。エンジニアの好みも影響しているのかもしれませんが、ブリティッシュ・ロックとアメリカン・ロックのサウンドの違いはもちろんあります。オーディオについて僕は詳しくはありませんが、A Taste of Music Vol.15で紹介しているように、自宅の仕事部屋のオーディオを入れ替えました。スピーカーは、古いJBL(アメリカ)からイギリスのHarbethになりましたが、確かに音の傾向は繊細になったようにも感じますね。ちなみにプリメイン・アンプはCambridge AudioのTOPAZ AM10に替えましたが、かなりいい音で聴けていますよ」

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 そして、今回はCDのほか、日本でもサービスが始まったストリーミング配信“Spotify”も試聴しました。上質なオーディオで聴くストリーミング・サービスの音は、どんな印象だったのでしょうか。

「まず、使い勝手の面からお話ししましょう。モーズ・アリスンもレナード・コーエンも、アーティストであると同時にソングライターとしても高く評価されていて、彼らが書く曲は多くの人たちにカヴァーされていますが、Spotifyならいろんなヴァージョンの聴き比べをすぐに行えます。CDやレコードではあらかじめ用意しておかないとできないことがいとも簡単にできる。Spotifyがいいオーディオに繋がることは、音楽好きにとっては願ってもない環境と言えるでしょうね。音質については、圧縮フォーマットということで嫌う向きもあるかもしれませんが、今日の試聴でも僕の印象としては厳密な比較でなければ、Spotifyの音質が悪いとは感じませんでした。アナログ・レコードと聴き比べるとどうなるかは、今回は用意がないので分かりませんが、少なくともCDに比べて遜色はないと思います。

 CDもいまや廃盤も多く、事実上手に入らないものも増えています。それも、アメリカやヨーロッパではCDの売上が下がっているからで、ストリーミングに移行している実態が窺えます。僕はまだ、放送の仕事をしていることもあってCDを買っていますが、日本でもこうしたサービスが普及するのはおそらく時間の問題でしょう。これに慣れたら、やはり圧倒的に便利ですからね」

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イギリスの人気ブランドCambridge Audioで揃えたオーディオ・システム

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音声信号の純度を高めるため、経路上のパーツを極力減らすことに成功。スタジオ・クオリティな高音質設計を誇るプリメイン・アンプCambridge Audio CXA80。高品質なDAコンバーターWolfson WM8740も内蔵している

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この日の目玉はネットワーク・プレーヤーの最新モデルCambridge Audio Azur 851N(2017年2月発売予定)。幅広い音声フォーマットに対応し、Spotifyが採用しているOGG Vorbisもサポート。ストリーミング音源を高音質に聴かせてくれた。デジタル・プリアンプを備え、ヴォリームも本機でコントロール可能

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CD再生にはユニバーサル・プレーヤーのCambridge Audio CXUを使用。SACDやDVD-Audio、さらにBlu-ray 3DやDVDなどの映像ソフトも高音質・高画質に楽しめる。リア・パネルには、7.1ch分のアナログ出力を装備

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スピーカーもCambridge AudioのラインアップからAeromax 2をチョイス。小型2ウェイながら、60年代から現代まで、異なる年代にレコーディングされたアルバムをいずれも小気味よくドライヴしてくれた

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偶然にも、この日のオーディオと色合いがぴったりなバラカンさん

◎試聴システム

ネットワーク・プレーヤー:Cambridge Audio Azur 851N
ユニバーサル・プレーヤー:Cambridge Audio CXU
プリメイン・アンプ:Cambridge Audio CXA80
スピーカー:Cambridge Audio Aeromax 2
オーディオ・ラック:NorStone ESSE HIFI

on and on

東京都中央区新富1-16-12 新富アネックスビル
Tel.03-3537-7761
営業時間◎11:00〜19:00(日曜・祝祭日 11:00〜18:00)
定休日◎月曜・火曜日
http://e-onandon.jp/

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1階はオーディオ・フロア、地下では本格的なホーム・シアターも体験可能。ライヴ・イヴェントや試聴会も随時開催している。